●イモリからいろいろなことを学ぶことができる
私は毎年春と秋、年2回イモリを採りにいきます。そうして、40年間イモリを採っていると、いろいろなことを学びます。
まず、イモリの卵は大きくて美しいものですが、実験に使うのでもちろん手術がしやすいというのもあります。また、これまでお話ししたように、ヒトは20万年しか歴史を持っていませんが、イモリは3億年の歴史を持っています。つまり、ナチュラルヒストリーとしては、彼らの方が長いのです。では、彼らはなぜそこまで長く生きることができたのか。それを知ることが非常に重要です。
イモリは、がんができたとしても、冬眠している間に自分でがんを治してしまいます。これは、最近の新しい学問でいえば、「低温療法」というがんの治療方法に当たります。温熱療法や低温療法は、がんを治すための1つの仕組みですが、イモリは冬眠している間に自分で自分の体を治してしまうのです。そういう能力を持っていたり、あるいは手足を切ってしまったときに、それをまた元に再生したりする能力もあります。
それからイモリは、都会ではなかなか住むことができず、生活水が入ると非常に弱いのです。つまり、イモリの最大の敵はヒトなのです。そのイモリがいるのは自然が本当に豊かなところなので、一種の環境指標にもなっています。
また、イモリは進化の過程において、脊椎動物が水中から陸上に上がる時期に位置し、その意味でも重要な存在です。さらに、われわれヒトが感じないさまざまな能力を持っていると私は思います。そういうものについても、これから彼らから学んでいきたいと思います。ですから、そういったものを学ぶたびに、イモリのすごさというものを感じます。
●研究者にとって大事な5つのこと
私は研究室で学生たちとともに研究を進めてきましたが、そこには研究室の哲学ないし考え方があります。1番目は、自然のこと、例えばイモリやカエルのことを、彼らから学ぶということです。私自身は皆さんと一緒に学ぶ仲間ですが、本当の先生は生き物自身であると言っています。
2番目は、パッションを持つことです。これは情熱のことですが、本当に研究をしようとする場合には、うなされるぐらいの情熱を持つことが必要です。これを「熱情」と呼んでいます。これはパスツールがよく使った言葉ですが、自分の研究として熱情を持って取り組む、努力することが重要だということです。
3番目は、物事には順序があるということで、研究を進める上では確実な技術を習得してそれを行うことです。いい加減な技術で研究をすると、結果が乱れてしまいます。確実な技術を持って、研究をしたいという「Research First」の精神を持って、研究をすることが重要なのです。
4番目は、自分の予測に反する結果が出たとき、それを見逃さないようにするということです。これは実は、今の若い研究者たちが不得意とするものです。彼らは、こうなればこうなるはずだという実験結果に対しては、非常に素早く反応します。しかし、こういうふうになるはずだと思ったのに、そうならないときには、そのことを捨ててしまいます。そうではなく、予測に反した結果が出たら、そこに何か新しい事実があるはずだと考えるべきです。それこそが重要な発見への糸口になる可能性があり、これを見逃してはいけません。
5番目は、また日本人が不得意とすることですが、内容や方法はどのようなものであれ、オリジナルな研究をして結果が出たら、しっかりと論文にまとめて出すことです。そして、自分がやったことを世の中に広めてそれを問う。また、自分の研究に対して誇りを持っていく。そういうことが重要だと私は思っています。
●自然を知り生き物に学ぶことで、ヒトを知ることができる
最後に、現代を考えるとき、あるいは科学を通してこれからの社会を見るとき、1つのメッセージがあります。それは、生物を含む自然全体をいろいろな意味で知ることが重要だということです。
自然の中には何千万種にもおよぶ生物がおり、その生き物からいろいろなことを学ぶことが重要です。生物の中でわれわれが本当の意味で知っているのは、0.01パーセントにすぎません。残りの99.9パーセント以上は、われわれがほとんど知らないことです。
もっと生物から学ぶことによって、われわれは自分たちの存在を知り、ヒトとはどういうものかを知り、それを通じてお互いが本当の意味で愛し合えるようになるだろうと思っています。現在、世界ではいろいろな争いが起こっていますが、そうではなく、われわれは必要としているのは協働する社会システムだと、私は思っています。