●発生による形作りは中胚葉誘導と神経誘導によって行われる
発生と再生科学について、1つの例を出します。日本語でいえば、私たちはよく、「氏か育ちか」ということを言います。発生に関しても、卵の中などにもともと情報が入っていて、発生とはただ単にそれが出てくるだけだという考え方がありました。形というものはそのようにしてできる、もともと決まっている、そういう考え方です。
ところが、1924年にドイツのハンス・シュペーマンとヒルデ・マンゴールドが、「形というものは最初から決まっているのではなく、発生過程における原腸胚の頃の原口上唇部の一部に形作りのセンターができて、その誘導作用によって形というものができてくる」ということを証明しました。そうなると、世界中でそうした形を作るような誘導物質を探そうとする研究が行われました。ちなみに1935年に、シュペーマンはこの研究成果によって、ノーベル医学・生理学賞を受賞しています。
ここで、形とは一体どういうことかということを説明します。私たちの体は、頭と足の軸つまり「頭足の軸」と、背中と腹側の軸つまり「背腹軸」、それから「左右軸」という、3つの軸による三次元でできています。そうした中、丸い卵から形ができるまでには、2つの因子が必要です。
1つ目は「中胚葉誘導」で、筋肉や脊索など、先ほど述べたシュペーマンたちが唱えたオーガナイザーの部分です。つまり、形作りのセンターができることが必要だということです。2つ目は「神経誘導」というもので、オーガナイザーの働きかけを感受していくことによって中枢神経を作っていくことです。つまり、中胚葉誘導と神経誘導を通して、私たちの形作りがなされていくわけです。
●誘導因子を探す研究の末、アクチビンにたどり着く
そして、そういう現象が確認されたことで、その本体はどういう現象であるかという、誘導因に関する研究が世界中で一斉に始まりました。私自身も誘導因子を探すことに興味があったのですが、そうした研究は実は、世界中で50年間なされたものの、誰もうまくいきませんでした。私は学位を取った後、その研究をやりたくて日本中を探したのですが、誘導因子の研究をしている人は日本にはいなくなっており、指導教官からもやめた方がいいと言われました。
しかし、私はどうしても誘導因子の研究がしたかったので、世界中を見回してみたら、ドイツのティーデマン先生のところだけがやっていました。そこで、学位を取った後にドイツに行きました。私にとって研究とは、自分が一番やりたいこと、あるいは好きなことをやってみることです。つまり、研究者にとって重要なのは、自分の人生を何につぎ込むかということです。ある面でいえば、誰もやらなかったことに対してチャレンジするわけですから、覚悟が必要です。この覚悟というものが私にとっては非常に重要なので、誘導因子の研究にチャレンジを始めたのです。
そして、ティーデマン先生のところでいろいろな研究を行いましたが、2年半のドイツでの研究で誘導物質を決めるというところまでいきませんでした。その後、横浜市立大学の助教授のポストを得て帰国しました。ただ、私が帰国した当時の横浜市立大学は、授業は多かったのですが、研究に必要な物が特に何もなく、大学院生もいませんでした。そうした中、一人で研究を始めました。
胚誘導の誘導物質を探す研究は、世界で50年あまり行われたのですが、なかなかうまくいっていませんでした。私自身は、15年かけてやっと、「アクチビン」というタンパク質にたどりつきました。それが1989年でした。このタンパク質を見つけて学会発表をした時に、一つの扉が開いたのです。
その後、世界中で追試がなされて、アクチビンが中胚葉誘導物質の重要な候補であることが分かってきました。ここで、新しい学問の流れができてきたのです。
●アクチビンで未分化細胞からさまざまな器官と臓器を形成する
アクチビンを未分化細胞に与えるのですが、そうすると試験管の中でいろいろな臓器ができていくことが分かりました。
例えば、アクチビンが低濃度だと血球ができたり、中濃度だと筋肉ができたり、高濃度では脊索ができたりします。このように、アクチビンの濃度に依存していろいろな臓器ができることを証明しました。
未分化細胞にアクチビンという単一のタンパク質を加えることによって、低濃度の血球から、中濃度の筋肉、そして高濃度の脊索、心臓、肝臓などを作ることに成功したということです。あるいはまた、アクチビンに加えてレチノイン酸というビタミ...