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叩かれ弱く問題の撤退戦がうまくいかなかった大手メディア

日本のジャーナリズムを建て直すために~朝日新聞の慰安婦問題を斬る~

曽根泰教
慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長
情報・テキスト
朝日新聞が2014年8月5日と6日に掲載した慰安婦問題の特集をきっかけに、今さまざまな議論が起こっている。曽根泰教氏が問題の要因や背景を解説しつつ、日本のジャーナリズムを建て直すための重要なポイントを語る。
時間:17:25
収録日:2014/09/11
追加日:2014/09/28
≪全文≫

●たたかれ弱く、問題の撤退戦がうまくいかなかった朝日新聞


―― 朝日はなぜ、こんな失敗をしたのですかね。吉田清治さんの記事でガセネタをつかまされたのもどうかと思うのですが、今回、あまりにもリスクマネジメントができていなかったという気がします。

曽根 もう、撤退戦の下手さ加減ですね。そういう意味でいうと、基本的にインテリなのです。ですから、理研のようなものです。笹井さんのように自殺してしまう。たたかれ弱いのです。本来、マスコミにいたら、たたかれ強いはずですよね。ところが、失敗したことがないエリート連中なのです。

―― なるほど。そういうことですね、先生。

曽根 ですから、負け戦です。どう考えても、吉田清治さんの大嘘を書いてしまったのだから、どこかで訂正しなければいけないのです。ところが、本人たちとしては、「通常の手続きで取材をして書いたのだけれども、たまたま相手が嘘を言っているのを見抜けなかった。だから、悪いのは俺ではない」ということでしょう。しかし、途中から「あれは嘘だ」と指摘されているのです。少なくとも、秦郁彦さんが言ったときに、訂正すべきだったのです。

また、今度は官僚機構として、社内的に政治部は「訂正しろ」と言って、社会部の方は「訂正したくない」と言って、だから、あいまいにしたのです。それが先延ばしになって、最後につけが大きくなってしまったのです。つけが大きくなったのはいいのだけれども、この訂正記事は確かに半端です。池上彰さんが言うことはもっともです。しかし、週刊文春と週刊新潮の広告掲載拒否、それから、池上さんの記事を載せないという、また恥の上塗りをしたのです。

―― 本当あり得ないですね。

曽根 つまり、失敗の上に失敗を重ねたのです。ですから、致命的になってしまったのです。

検証は、木村伊量さんが従来の朝日の文脈ではできなかったものをやった、大英断なのです。しかし、その大英断も批判されるに決まっています。ましてや、朝日を批判することを飯の種にしている人がたくさんいるわけですから。その中で、どうやって自分のポジションを維持するかということができなかった。つまり、撤退戦がうまくいかなかったのです。

―― その「朝日の中で大英断だ」という内部のロジックと、表から見たときのそのロジックというのは違いますよね。

曽根 違います。今まで朝日の記事によって何人の社長が辞めていますか? それを見ているでしょう? そういうことに関しては、やはりたたかれ弱いのです。

―― リクルートの江副さんから始まって、たくさんの人を辞めさせていますよね。

曽根 それは、スクープといえばスクープなのですが。しかし、リクルート問題というのは、それは朝日のスクープだけれども、あれで何人の政治家が辞め、江副さんも辞めざるを得ないというような話を見てきたはずですよね。


●問題や言葉が混同され、本来、言挙げすべきではないことを言挙げしてしまった


曽根 やはり朝日は、リベラルのよさというのはあるのだけれども、私も朝日の誌面批評をやったことがあるのです。ですから、当時の記事を全部読んだのですが、記者が書く記事は、それほど色がついていないのです。社会部や文芸部はそういうところが若干あるのですが、しかし、記者が書いたのではなく、外部の人が書いてくる投稿や、あるいは、依頼原稿の方がむしろ左寄りになっているという感じがしました。ですから、尻尾をつかもうと思って、「これは間違いの記事だ」とか、「これは少しおかしい」というのを見つけ出すのは、なかなか難しいですよね。

しかし、もう一つは、やはり政治部というか、どちらかというとバランスをとっている立場と、社会部的にある議論や主張をずっと突き抜けていこうというグループとの違いなのでしょうね。明らかに「常識とは何か」ということを疑うようなことがあります。例えば、今「従軍慰安婦」と言われているけれども、当時は従軍慰安婦という言葉はなかったのです。「慰安婦」であり、「慰安所」だったのです。

―― 慰安所だったのですね。

曽根 それから、「女子挺身隊」という言葉は、単に女性の勤労動員を表していました。ただ、女子挺身隊という言葉がそもそも大仰すぎて、韓国の人が間違えたのです、同じ漢字圏なのに。身を捧げるのだから「慰安婦」だと思ったのです。

―― 一緒になったのですね。

曽根 一緒になってしまっているのです。ですから、軍が直接関与してその慰安婦を駆り集めたのではなくて、仲介業者のような人が集めてくるときに、勤労動員だと思って来た人まで連れてきてしまったのです。そこの混乱は、実は戦前からあるのです。

私の知っている話ですが、ある軍人がもめているので、よく聞いてみたら、「勤労動員だと聞いて連れてきたら売春宿では...
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