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「戰はずして人の兵を屈する」ことが善の善なるものである

『孫子』を読む:謀攻篇(1)外交力が最大の国防

田口佳史
東洋思想研究者
情報・テキスト
最強の兵法である『孫子』の中でも謀攻篇は、戦闘に拠らずに勝利を収めるための究極の戦術論を解説している。その象徴的なものが「戦わずして敵の兵を屈する」ということなのだが、この言葉が意味するところは実際の戦法の理論ではなく、外交の重要性を第一としている。これはまた、現代における国家間の緊張問題だけでなく、日常のビジネス現場でも大いに参考になる。(全3話中第1話)
時間:13:13
収録日:2020/01/24
追加日:2020/08/26
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キーワード:
≪全文≫

●戦いの後の明暗を分ける無傷で勝つことの意味


 孫子の3篇目は、謀攻篇です。これは、謀略を攻めるということであり、逆に戦わずして勝つということの本旨を言っているところで、非常に重要なところです。

 まず、「孫子曰く、凡そ兵を用ふるの法、國を全うするを上と爲し、國を破るは之に次ぐ」ということです。これは何のことを言っているのかというと、戦争になったらお互いに傷つきますが、その戦場が自国の中であれば、戦火にすべてが破壊されてしまうようなことは良くないと言っているわけです。ここでもまた、戦わずして勝つという精神が説かれているわけです。それは何なのか、なぜいけないのかということです。

 これは、非常に重要なことです。例えば、戦争に勝ったとするとどうなるのかですが、戦争に勝ったわけですから、その領土というものは自国の領土になるわけです。そうすると、先ほどまで戦争して自分たちが徹底的に破壊した、もう瓦礫の山というそのような地域が自国になってしまうわけです。そして自国になった瞬間に、今度は戦後の復興というものを考えなければいけないという、そういう政治の対象になるということです。つまり、勝った瞬間に敵地が領土になり、領土になれば戦後の復興にものすごいお金が必要になるということで、それは勝ったと喜んでいいのかどうかということになるわけです。

 したがって、全うするというのは、無傷でということなのです。ですから、勝つとするにしても、無傷で勝っていくということが重要なのです。要するに、勝つためには戦わなければいけませんが、できるだけ損傷を浅くして勝つということが重要であると、ここで言っているのです。

 さらに今度は、単位が国から軍で、「軍を全うするを上と爲し、軍を破るは之に次ぐ」というようにして、これから「旅を全うするを上と爲し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うするを上と爲し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と爲し、伍を破るは之に次ぐ」となっていきます。これは「伍」という、5人編成が軍の最小単位ですが、この「伍」という5人編成が5つ集まったものを「両」といいます。この「両」が4つ集まったものが「卒」であり、ここで100人になります。それから、その「卒」が5つ集まったのが「旅」であり、ここで500人になります。さらに「旅」が5つ集まったのが「師」であり、これは2500人になります。それで、この「師」が5つ集まったのが「軍」であり、「軍」というのは1万2500名の兵士からなっているということが、当時の基本でした。

 したがって、細かく細かく、要するに5人単位の最小単位の兵士の軍団も、それを全うして勝たなければだめだということです。結局、1人も敵兵を殺さずに勝つということをまず考えないと、戦争というのはだめであると言っているわけです。

 なぜかというと、要するに、やたらめったら敵の兵士を殺して勝ったとします。しかし、その敵国が自国になるということは、先ほど言った戦後の復興にものすごい費用が必要になると同時に、殺された兵士の家族がたくさん住んでいる場へ行って、政治をしなければいけないわけです。それはどういう状況になるかというと、言ってみれば、テロ集団のいるその真っ只中に入っていくようなものです。落ち着いて政治などできるわけがありません。そういう状況で果たしていいのかということをここで言っているわけです。


●全ての人が一つになれる共通項は何か


 そういう意味では、5人編成の最小単位の兵士の集団でさえ生かす、生かして勝つということが重要なのです。したがって、「是の故に百戰百勝は、善の善なる者に非ざるなり」と言って、100回戦って100回勝ったと言っても、その勝ち方が重要で、要するに全うして、すべて損傷なく兵士も殺さないで、それでこちらが勝つということが重要であるということで、ここであらためて「戰はずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」というように、戦わずして勝つということを言っているわけです。

 つまり、戦争というのは人間が人間の命を狙う、奪い取るという、そういう常識が前提になっているわけですが、東洋の思想・哲学というのは実は命の哲学であり、一番重視しなければいけないのは命であるということです。したがって、東洋で進んだ仏教にしろ、儒教にしろ、道教にしろ、禅にしろ、全て命が基本です。人間が最も大切にしなければいけないのは命であり、命の下位の概念にあるのが、イデオロギー、主義、それから宗教ということです。

 ですから、東洋思想においては、他宗教とかそういうものをすべて是認するというような部分が非常に色濃くあり、「あなたは何の宗教ですか?」、...
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