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乱戦で渾沌とした中、どうすれば冷静な判断力は保てるのか

『孫子』を読む:勢篇(3)冷静な判断力と組織の勢い

田口佳史
東洋思想研究家
情報・テキスト
混乱を極めているときこそ、いかに冷静にその状況を把握できるかは、名将にとって欠かせない要素である。そして混迷から脱して成功を手にするには、一気に突き進む勇気がなければならない。外は沈着冷静で中は熱くたぎる勇気を併せ持てば、すでに戦いを前にして勝利しているようなものだ。勢篇の最終回は、「勢い」をどのように蓄えて生かすことができるのか、その本質に迫る。(全3話中第3話)
時間:12:31
収録日:2020/02/25
追加日:2021/01/18
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≪全文≫

●乱戦の中でも冷静な判断力はどうすれば保てるか


 その次は、「紛紛紜紜<うんうん>として闘ひ亂<みだ>れて、亂す可からず」です。紛紛紜紜というのは、まず紛紛は「紛紛として」という言葉がありますが、要するに紛れるようなという意味で、紜紜は物が多く乱れているということを表しています。言ってみれば、戦場は乱れに乱れて、奇生の変がもっと乱れた状態であり、「闘ひ亂れて」いるというように一見なっていますが、「亂す可からず」なのです。これはすごく重要なことです。要するに、乱れるくらいにバリエーションを徹底して繰り出しているのですが、どこかシーンと冷静になって己を見ているところがなければ、己も乱されてしまうということです。

 ですから、「亂す可からず」で、乱してはいけないというところがあるのが、戦いには非常に重要です。特にリーダーは、敵味方、相まみえて乱闘になっているときに大切です。乱闘になっていてもそのチームの長である人間は、その渦中にあったとしても冷静にきちんと周りを見て、クールな判断力を維持しなければいけないということを言っているわけです。

 そして「渾渾沌沌」ですが、これは渾沌ということです。渾はどっと水が流れることで、沌はぐるぐる水が回っていることです。それから「形圓にして、敗る可からず」ですが、これは、くるくる回っているけれども、それがパーッとやぶれる、要するに八方に散った瞬間に円は乱れて、保たれなくなりますから、それは駄目だと。ですから、故意に円を描いて、敵を翻弄するということです。

 したがって、こちらも乱れるくらいに一緒になって乱れるというような部分が、戦いのときはなければいけないが、心底から乱れては駄目だということです。非常に冷静さを保持できて、頭の中はクールになっている。けれども状態は乱れている。ということが重要だということをいっているので、これはすごく重要なことです。つまり、自軍の現在の状況を客観的に冷静に見て取れているリーダーがいるかどうかが重要だといっているのです。


●慎重の裏側には強く怯まず動じない中身がなければならない


 それから次の「亂は治より生じ、怯<きょう>は勇より生じ、弱は彊<きょう>より生ず」です。つまり、外側の乱れというのは、内側が治まっていなければ故意に乱すことはできないのです。

 それから、外側の怯は慎重ということです。慎重は中に勇気があって、自分というものを泰然自若として持っているから、外側は慎重に見えるわけです。外側も一気に行くような、一か八かなどというものは、勇気がないという証拠なのです。ですから、外は慎重になっているけれど、中は勇気満々でしっかりとしている、そういうのが重要だと言っているのです。

 それから弱ですが、これは外側の柔軟さです。当時は柔軟の軟を「弱(じゃく)」といって、「柔弱(にゅうじゃく)」と言いましたから、今の「やわらか」という意味です。外はやわらかであるけれど、内部は彊、これは強いという意味で、勉強の「強」の古い字ですから、強いということです。ですから、中は非常に沈着冷静になっていて、強い、怯まない、要するに動じない、そういうものがあって初めて外側だけを反対の状況に置いておけるということを言っています。これは人間の有り様としても重要です。

 したがって、「治亂は數なり、勇怯は勢なり」と言っています。「治亂は數」の數というのは、前に分数が出てきましたが、軍の編制です。それから「勇怯は勢」ということであり、「彊弱は形なり」で、強い、やわらかいというのは形であるということを、ここで言っているわけです。

 次に、「故に善く敵を動かす者は、之に形すれば敵必ず之に従ひ」とありますが、つまり敵を動かす、誘導するというのは、誘い込むということです。要するに、敵がまんまとこちらの思惑どおりになることです。なかなか難しいことなのですが、そのようになるということは、「之に形すれば敵必ず之に従ひ」というように、誘導に乗ってくるというのは、こちらの隙を見せるということなのです。あえて敵が侮るように隙を見せる。しかしそれは承知の上ですから、敵がそれに乗ってきたらすぐに攻撃に転じて、敵が、してやられた、しまったという状態にするということが非常に重要です。

 そして「之に予ふれば敵必ず之を取る」です。これは、敵の求めるものを少し与える、敵の思惑通りになる、このままずずっと行けば全部取れるかも分からないと思わせて、敵がちょっと取ったところでバッと反転すれば、こちらが勝つということを言っています。

 さらに「利を以て之を動かし」とあるように、敵に有利な状態を...
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