●ユティニアヌスの腐敗以上に深刻なプーチンとロシア軍の関係
皆さん、こんにちは。
前回は『真空地帯』についてお話ししましたが、考えてみれば野間宏の『真空地帯』に出てくる経理部や連隊の経理班などは、プーチン氏が統括するロシアの軍隊の腐敗からすれば、まだかわいいものであったということになります。
そして歴史的に学んだ場合、私などがすぐに連想したのは、東ローマ帝国(ビザンツ)の皇帝ユスティニアヌス時代の不正です。今回はこのお話から始めますが、それもプーチン氏の23兆円ともささやかれている腐敗と比べ、国家の財源の“単位”を考えた場合、まだまだユスティニアヌスの腐敗もかわいいものになります。すなわち野間宏が描いた帝国陸軍の腐敗やビザンツ帝国のユスティニアヌスの腐敗というものは、全くプーチン氏の足元にも及ばないということに驚きを感じざるを得ないのです。
6世紀のビザンツ帝国には帝国会計官がいました。あたかも会計検査員のように厳格に収入支出を監査するような官職を連想しがちですが、これはそうではありません。ビザンツ帝国の会計官たちは、戦死した兵員や除隊した兵員たちの後を埋めず、埋めたかのように欠員を実員扱いにして、その分の給料や食費・被服費などを変わらずに取りました。
実員がいないわけだから、その分は全て浮きます。浮いた金をどうするか。もちろん着服するのですが、彼らは全てを自分たちのものにはしないで、むしろ蓄財して蓄積したお金をユスティニアヌス皇帝に献上していく。皇帝に貢納して、これは皇帝への貢納だから正義だと信じていたところが救われず、また問題であるわけです。
こうなると、まさにプーチン氏とロシア軍との関係に似てきます。ユスティニアヌスの軍隊は、数の上ではいることになっている兵員が、いない。そして、数の上ではあることになっている武器が、ない。そのため実際に軍を動員し作戦に出ると、その数字に見合うような部隊編成にはなっていない、あるいは武器を持っていない。そのようなことが起きるから、実際の作戦において敗北したり失敗したりするという当然の事態が生じるということです。
●昇進の望みなく、60歳でも兵役に駆り出されるロシア兵
また、戦死したにもかかわらず兵員ポストがふさがっているということは、軍曹がいつまでも生きていたり、曹長がいつまでも生きていたりすることです。そうなると、その下の伍長や兵長たちは、いつまでも軍曹や曹長になれず、昇進の問題につながるわけです。軍隊は“昇進”という構造があって成り立つ特殊な組織です。ですから、これが実現し、機能しないと、軍隊そのものも機能しないということになる。これは、プロコピオスというビザンツの歴史家が書いた『秘史(Secret History)』の中に書かれていることです。
この種の不正が最も大規模にはびこっているのは、現代のロシア軍であるということが図らずも露呈したわけです。露呈したのはその一端ですが、人数も少なく、武器も少ない部隊になると、兵士も働かない、戦わないということになります。そうなると、どうなるかというと、現在のロシア軍で起きたような現象が(ビザンツでも)まさに起きたわけです。
ワレリー・ゲラシモフ参謀総長はあわやの危険に瀕し、10人以上の将軍が実際に戦死したように、前線で督戦する、すなわち「さあ戦ってくれ。さあ前線に行こう。私も前線まで来た。さあみんな働こう」というのは、一兵士にとっては美しいことかもしれません。しかし、大局を見て戦線や師団どころか、軍団あるいは軍という広範な範囲で軍を指揮しなければならない将軍たちがこうも戦死してしまうというのは、ロシアの現在の戦争状況がいかに苦しい状況にあるかを象徴しているようです。元をただすと、「身から出た錆」ということになるわけです。
こうした前線の兵力の少なさを補うために、ロシアでは本来であれば実際の戦役に臨む適齢をせいぜい40歳まで(18歳~40歳)としていたのを、50歳、60歳と伸びて(上限が撤廃され)、60歳になっても全力疾走しなければいけない。そのような状況に追い込まれつつあるのが、今のロシアです。
●国民性も信仰も無視した「大義なき戦争」
山内 加えて最近ロシア軍(というよりプーチン大統領)は、国の内外にいるチェチェン人やシリアのムスリムたちやアラブ人たちを鍛えて、ロシアとともに戦わせようとしています。
チェチェンの反ロシア派、シリアの反アサド派と戦うために訓練したムスリム出身兵士たちを「スラブ主義の実現」あるいは「スラブ国家の達成」であるという大義名分を掲げるようになりました。大祖国戦争すなわち反ナチス(ナチス化阻止)のための戦いであると呼ぶ「スラブ(ロシア)の大義」による戦争の元...