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スターリン、ジェルジンスキーに遡るロシアの「負の伝統」

歴史的に考えるウクライナ問題とロシア(5)ロシア文明と「負の伝統」

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所特任教授
情報・テキスト
プーチンの思想を育んだロシアはどのような風土なのか――ウクライナ問題とロシアを考えるとき、こうした問いが思い浮かぶのではないだろうか。旧ソ連時代、KGBに所属していた彼の行動や倫理がそこに根づいた可能性は高い。それはどのような組織だったのか。また、ロシア人の持つ文明観と国家観とは何か。講義終了後の質疑応答編。(全5話中第5話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:16:57
収録日:2022/05/24
追加日:2022/08/04
キーワード:
≪全文≫

●一党統治と恐怖政治を支えた恐るべきシステムと発想


―― 先生、どうもありがとうございました。

山内 どういたしまして。

―― このプーチンという人間を育てたのは、ソビエトの体制なのか。彼はノーメンクラトゥーラという階層なのか、KGB出身なのか。「ソビエトの体制が生み出した人」と見てよろしいのでしょうか。

山内 そう見ていいと思います。そのことは二つの要素から見えてきます。まぎれもなく一つの要素は、政治の実行や政治政策の実行のプロセスにおいて、暴力やテロ、粛清というものをためらわなかった点です。

 1917年の十月革命以降のソビエト国家、ソビエト連邦の体質には、GPU、その前は「チェーカー」といいますが、いずれもKGBや今日のFSBにつながる公安機構です。そこは刑法などの法の支配を超越する存在です。言い換えれば、検察庁や検察官あるいは刑事警察、これらの根拠になる刑法などを超越する官庁です。まさに「シロヴィキ」につながるような、超越官庁としての役割を持っていました。

 彼らの判断において法を超越するわけだから、為政者(独裁者)であればなおのことです。ちょうどスターリンがそうだったように、独裁者の意思により公安や秘密警察をおさえ、それらを統治の手段として、ある場合は権力闘争の手段としても使うわけです。

 そういう伝統が、KGBを経てFSBにつながっています。そして、その伝統としてフェリックス・ジェルジンスキーという人物がいました。現在のFSBの庁舎は「ルビャンカ」という場所にあります。ここは、ソ連時代にはジェルジンスキーの名を取って「ジェルジンスカヤ」と呼ばれていました。「鉄のフェリックス」と暗喩されたロシアにおけるチェーカー(秘密警察)の最初の長官が、フェリックス・ジェルジンスキーです。

 その名称は、ソ連時代を通して地下鉄の駅名にも使われていました。そこを通るたびにモスクワ市民たちはジェルジンスキーから取った「ジェルジンスカヤ」の名を聞き、「鉄のフェリックス」「秘密警察」「粛清」「テロ」などを連想せざるを得ない。そのような連想が毎日繰り返されて、恐怖が内在化して組み込まれるような社会に育ったのです。このような恐怖を統治手段として使う体制ですから、統治者は次々に代わって今日まで至っているとはいえ、ジェルジンスキーに始まる恐怖的な統治、共産党の重要な政治手段としての秘密警察(の伝統は続いています)。

 忘れてはならないのは、その手段として国民や市民間で密告が行われたことです。さらにもう一つ、その結果としての強制収容所があります。強制収容所や密告の伝統が本当に完全になくなったかというと、私はなかなか疑わしく思っています。

 例えば今回ウクライナ人たちは、ロシアルートでロシアの支配する地域やロシア本土のほうに運ばれて行く。彼らは究極的にどこに行くかという問題です。それは日本人がつい自分の周りの経験から想像しがちな、冷暖房が完備され、栄養のあるものを保証されているような、日本の拘置所や刑務所のような場では決してありません。

 シベリアやサハリンという名前も出てきましたが、すでに彼らの一部はそういう場所へ送られています。それは、ウクライナ人の国民意識や市民意識を改造することにつながっていきます。強制収容所の存在や、かつてアレクサンドル・ソルジェニーツィンが小説に書いた『収容所群島』のことを忘れてはならないということです。

―― そういうことですね。

山内 あえていうならば、中国も新疆ウイグル自治区において、思想改造や民族意識の希薄化、宗教信仰について同様のことを行っています。ウイグル人が持っているイスラム信仰やウイグル人としての意識を改造するような装置として収容所を作り、実際そこに収容していることは、否定できない事実としてあります。

 われわれは表面の一部だけを見て、資本主義国家(社会)に参入してきたソ連の後継国家ロシアや中国を見がちです。しかし、その背後には中国共産党やロシア共産党のもとでの一党統治と恐怖政治がありました。さらに、そういうものを支えたこととして何より怖いのは市民間の密告であり、張り巡らされているスパイや情報システム、それから究極の存在として強制収容所があります。

 このような発想そのものを、われわれは今見ているように思いますが、その伝統はスターリン、フェリックス・ジェルジンスキーとさかのぼります。

全くそれが消えたかっていうと、消えていなかったというところが恐ろしいですね。


●民族単位で移される、驚くべき負のスケール感


山内 講義ではエカテリーナ二世やピョートル大帝に触れました。彼らの時代からロマノフ朝は創始したわけですが、(その末期には)「オフラーナ」という秘密警察ができていました。治安維持を目的とす...
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