●軍政時代の功績-見事な経済戦略
軍政が敷かれて治安状況が少し治まったということで、投資がどんどん起きました。この頃、ブラジルにはホンダが入っています。特に、ホンダのブラジルでの二輪車の販売台数は今1000何百万台で、すごいのです。
ところが、この軍政は面白くて、経済戦略が見事なのです。テクノクラート(官僚)のロベルト・カンポスという世界的に有名なエコノミストが経済企画庁のようなものをつくって、彼らのチームでいろいろなことをやります。輸入ばかりして一次産品しか出していなかったのを、輸入代替工業化路線を進めました。
後にブラジルが世界に誇る大計画になったものは、実を言うと全て軍政時代のもので、このロベルト・カンポスたちがしたことなのです。例えば、海洋油田の開発ですが、最近地下5000メートルの採掘に成功して、画期的ということで注目を浴びていますけれど、それもこの時代に考えられました。それから、エタノールです。アメリカでは農地を減らさなければいけないですが、ブラジルは、いくらとうもろこしでエタノールをつくっても、食用とうもろこしを減らす必要がないほど農地が広いのです。それから、セラード農業開発です。これは田中角栄さんがその開発支援を約束して始まりました。そして、カラジャス鉄鉱山ですが、これは世界最大の鉄鉱山です。また、世界最大のイタイプ水力発電所、マナウス保税加工区、5000キロメートルアマゾン横断道路、鉄鉱石運搬の鉄鋼鉄道、これらは全部軍政の時代に構想が出来ているのです。
●オイルショックで極度のインフレに-軍政から民政へ移管
軍政の前半に経済成長率年率10パーセントの高成長を達成したので、世界中から投資が殺到して、今度はまた底の状態から山に向かってバーッと上がったのです。前回お話したクビチェック大統領の失政の頃から10年経ってこういうことが起きるのです。
ところが、オイルショックで暗転します。ブラジルは当時、日本と同じ立場で、石油が全然出ない国でしたから、アラブが石油価格を上げたので、とんでもないインフレになったのです。そこで、石油不足に対してブラジルは正攻法で、海洋石油開発をしよう、エタノールを活用しよう、大規模水力発電をやろうということになりました。こういったことを資材の国産化というのですが、そういう効果が出る前に財政赤字がどんどん累積して、巨大な債務返済重圧でインフレ対応力が極端に弱まってしまい、インフレと政府の支出増の大赤字の悪循環に陥ったのです。
そして、1980年代に入ると、インフレが年率100パーセントになりました。IMF(国際通貨基金)に支援要請をしたのですが、この当時は南米各国が債務不履行に陥っていて、中でもブラジルはほとんど最悪でした。結局、国際信用をどんどん失って、民主化運動が始まり、軍政を支持していた民族資本も離反を始めたのです。
軍政は、軍部主導で段階的な文民統制化を目指していこうとしていたのですが、民主化運動がどんどん出てきてしまって、結局追い込まれて民政移管したのが1985年です。ですから、軍政は20年続いたのです。その間、一回は非常に良い状態になったのですが、今度は地に落ちました。上がって落ちて、上がって落ちてということを、20年間に二度、繰り返したのです。
政治環境はがらっと変わりました。これは結局、軍政に批判的な野党に全部政治を戻したという格好になるのですね。
●大統領の失策続きでインフレは加速
ところが、この後に三人の大統領が出てくるのですが、この人たちもまるで駄目でした。最初、ジョゼ・サルネイさんという人が出ます。この人は、選挙して当選したタンクレード・ネーヴェスさんという人の副大統領でしたが、ネーヴェスさんが病気で大統領に就任できなくなり、サルネイさんが代わって出てきたという経緯があります。この人が全く不人気で失脚して、小さい州の政治家で空手の黒帯、40歳、フェルナンド・コロルさんという人物が、「こいつの身はきれいだ」というはずで出たのですが、汚職で沈没してしまいました。途中で皆、落ちてしまっているのです。そして、コロルさんの失脚を受けてイタマル・フランコさんという人が出てきます。この人もコロルさんの副大統領からの昇格です。
このような具合で、政治が全然駄目なのです。そして、その間インフレはどんどん進むのですが、このブラジルのインフレがすごいのです。ご存知と思いますが、1980年代の終わりには1年間のインフレ率が1000パーセントを超え、そういう状態が何年も続いたのです。これは多分、民政移管で大衆ばらまき社会政策をやったことで財政赤字が拡大し、それを政府が通貨増発でどんどん対応してしまったためにインフレが加速するという、最悪のケー...
ルーラ大統領と小泉首相(平成17年5月26日)