●薄めた酒を買っていた江戸の庶民
本村 (江戸とローマの酒文化には)他にもいろいろ比較することがあります。例えば日本酒を飲む場合、今の人が薄めて飲むなどということはほとんどないでしょうが、江戸時代のお酒の飲み方は基本的に原酒を薄めて飲んでいます。清酒の技術ができてきたといっても、今から比べるとやはりかなり濃厚だったりしたのです。
―― 精米度合いなども今の大吟醸などは3割程度まで研ぎ澄ましますが、当時は違ったようです。東京農業大学名誉教授の小泉武夫先生が昔の日本酒を復刻したという話を書かれていますが、今のお酒より糖度(甘さ)もアミノ酸も多く、トロッとして、みりんのような風味があるそうです。
本村 そうらしいですね。だから、それが好きな人にとってはそれでいいでしょう。また、酒を売る段階にしても、当時原酒としてできたものはだいたい20度ぐらいあったわけです。今の日本酒は15度前後でしょうかね。
―― そうですね。15度から16度ぐらいでしょうか。
本村 そうですよね。(当時は)それよりもう少し高いものだったから、売る段階で少しどころか、かなり薄めていたのだそうです。4倍か5倍ぐらい薄めていたから、もう5、6度ぐらいにしかなりません。ところが、税金は製造量に対してかかったそうで、製造量と消費量が違うというのです。圧倒的に消費量のほうが多くて、(原酒としてもともとの)製造量は3分の1か4分の1しかないわけです。
税金をかけられるほうからすると、できるだけ少ないほうがいいわけですから、実際に売るときには3倍か4倍にも薄めて、5、6度の形で売っていたそうです。例えば、水割りにするといっても、売るときからそういう形だったのではないかということです。
●ワインのお湯割りも冷たいワインもたしなんだローマ人
本村 ワインも実はそうでした。今でこそワインというとボトルに入っていて、われわれはそれを注ぐだけですが、ローマ時代のワインは違います。相当度数も強かったのか、今ほどソフィストケートされていませんから、非常に濃厚なところがありました。ローマ時代は、お店の段階でそれを薄めるのではなく、(飲み手が)個人の好みで薄めるわけです。
だから、お湯割りもあります。当時の人は、冬になるとお湯割りにして飲んでいます。
それから、冷たいワインもあったりしました。なぜ冷凍(や冷蔵)の技術がない時代に冷たくできたのか。これは、金持ちにしかできなかったことですが、冬の間に山から雪を持ってきたり、近くで降った雪を集めたりして地下に保存しておいたのです。
―― 氷室みたいですね。
本村 そうですね。地下もそれなりに涼しいですから、そういうところから取り出した雪氷をワインの中に直接入れたり、あるいは周りで冷やしたりする。夏の期間は、特にそういうことが必要だったようです。
―― ローマの場合のお酒の楽しみ方を少しお聞きしたいのですが、種類としてメインはワインだったわけですか。
本村 そうですね。地中海沿岸全体でワインが主流ですから、ローマ時代になると明らかにそうです。東のほうに行くとOuzo(ウゾー)のようなウォッカに近いものがあって、もちろんローマにもありますが、やはり圧倒的に主流はワインだったと思います。
●ローマの貴族と庶民、それぞれのお酒のたしなみ方
―― お酒の飲み方や宴会のしかたなど、(昔の人は)どういう形でお酒をたしなんだのでしょうか。
本村 お湯割りがあったように、その人その人の自由な飲み方でかまわなかったようです。貴族のパーティーのようなところであれば、奴隷たちが回ってきて、何が欲しいかを聞いたり、水を注いだりする。そういう形で楽しんでいたのではないかと思います。
日本酒の場合、ほんとに江戸時代はどういうたしなみ方をしていたのでしょうね。今でもわれわれは誰かにお酌をしてもらったり、飲みながら互いに相手のものに注いでやるのが一つの習慣になっていますが、それもどうなのでしょう。お酒の少なかった時代、注がれるのでなく自分で勝手に飲ませると、ぐいぐいいってしまったからではないかと想像してしまいます。あれはお酒の少ない時代の習慣であって、お酒が多くなると、別にそんなことをしなくてもいいのではないかと思います。
―― ローマの場合、盛んに宴会などが行われていたようなイメージがあったりいたしますが、お酒についていうと、ほぼ毎日に近く飲んでいたというイメージなのでしょうか。
本村 それはもう、貴族たちはお互いに招待したりされたりが当たり前のような楽しみ方でした。今のように夜間の照明がある世界ではないので、明け方になると仕事を始めて、ほぼ午前中いっぱいが労働時間になります。貴族たちは仕事をしなくてもいいのでしょうが、一般庶民は夜明けとともに仕事を始める...