●ピントのずれた「人への投資」計画
ちょっと恐縮ですが、ここで私なりのコメントをします。
人への投資について、企業に賃上げを促すと言っているのですが、賃金決定は経営者の専権事項なのです。前にも言いましたが、賃上げは、需要が増えたり生産性の向上が見込めたりする場合に経営者が行うことです。岸田政権は、賃上げ分の税額控除を行うと言うのですが、これは実質上の賃金補助なので、補助分だけの賃上げはあっても波及効果はあるはずがない。
それから、NISAという少額投資非課税制度の拡充についてです。iDeCoは個人型確定拠出年金なのですが、その加入条件を現状の65歳から70歳までに拡大することを検討するということです。これは量的に非常に少ない。国の資金の流れを投資に向けるような効果は、非常に限界的にはあるかもしれませんが、ほとんど見えないほど小さいのです。
アメリカで個人資産の6割が株式やリスク資本に投入されているのは、長期的に経済成長が続いていたことが最大の原因です。日本は1990年代以降、経済成長はほとんどなく、投資収益が期待できないので、人々が備蓄資産を買わないのです。よって、投資信託なども火が消えたようになったのは当たり前です。ポイントは、資産を投資に向けるには経済成長を促進することが基本中の基本だということです。
「資産所得倍増プラン」を年末までに策定すると言うのですが、今、具体的に出ているものにはまったくその効果はないと思います。これからが要注目です。
それから、非正規を含む100万人を対象に能力開発や再就職支援すると言うのですが、100万人では、労働市場の流動化政策の対象としてはあまりに小規模です。勤労者は日本に約6000万人いらっしゃるのです。100万人はそのうちの数パーセントです。それで流動化するはずがありません。成長産業部門への移動性を高めるには、少なくもおそらく2000~3000万人の規模で、能力開発や再就職支援をする必要があると思います。
ところが、今まで日本は、政府とその関連の職業訓練センターとが(能力開発や再就職支援を)引き受けていたのです。それから、個別の企業が成長するので、企業内で訓練していました。被支援者は数千万人いたと思いますが、その時代が終わってしまいました。なぜかというと、職種の内容が多様化し、デジタル化しているからです。多様化して技術開発がどんどん進んでいる今の世の中では、自己投資、自己開発が基本なのです。政府がやれることではないのです。企業がやることでもありません。この点こそ、そのような自己投資にかかった費用は全部、税額控除にしたほうがいい。大した費用ではありません。
おそらく何兆円か出せば、そういうことを考える人たちは、全部タダでそれができることになると思うのです。それは税金がタダになるということなので、一切税金を使わないでできることになります。それだと皆さん、やると思います。そういう時代に入っています。ですから、税金は徹底的にそういうところに使うべきです。
また、人的投資は非財務情報だといいます。人材育成方針、副業・兼業を促進するのだということをやっているのなら、情報を開示しなさいということで、これらの情報開示を企業に義務づけると言うのですが、それを全部開示したら、何か役に立つのでしょうか。政府は、そういった情報を開示している企業はいい会社なのだから、そこにベンチャーキャピタルが投資をするだろうと本気で思っているようです。政府は資本市場のことを全然知らないのではないでしょうか。おそらく効果はまったくないと思います。
●「マッピング」なき日本の科学技術戦略
そして、科学技術についてです。量子、AI、バイオで日米協力、最先端医療技術を実用化といいます。項目はいいのですが、何をするのかがまったく不明です。次世代に何が重要な戦略産業になるのかが分かりません。
マッピングという技術があります。次世代では、どういう技術が主要な技術になってくるのかについて、世界中が先を争ってマッピングをしています。要するに、技術の中身を研究して、知っている人が情報を流しています。今は全部スマホで見られる時代なので、戦略的にそれをやっているのです。次の戦略産業は何なのか。戦略産業を基礎研究し、それを応用する。応用して実装する。その組織や予算はどうするのか。どんな成果が挙がるのか。これは全部情報なのです。これらのマッピングをやるという話がひと言も出てきていないので、何をやっているのだろうと思います。
実をいうと、中国は2010年代に大変な情報化戦略でアメリカをしのぐと...