●スーパーマン上司のパワハラで自死を選んだ新入社員の事例
近年、私のところにも実は心理的安全性をテーマとする講義や講演(の依頼)が増えています。そこにはハラスメントを防止したいとか、不安全行動やよくない行動を改善していきたいといったところがあると思います。
いくつか事例をご紹介したいと思います。一つ目は、ハラスメントの事案が発生してしまったメーカーの事例です。この会社ではやはり心理的安全性が非常に欠如していたのではないかと思います。どんな事案だったのかというと、ある新入社員の方が上司の方にハラスメントを受けて、いわゆる自死をしてしまったという事案になっています。
この時、われわれも当事者の上司の方やメンバーの方々からヒアリングをさせていただきました。「非常に突然のことなので、本当に理由も何も分からない。(係長は)部下のことを非常に思って厳しく指導をしていたけれど、こんなことになるとは思わなかった」というのが課長の声です。
一方、メンバーの声によると、「こうしたハラスメントが行き過ぎであることは、実は現場ではみんなが分かっていた。ただし、(係長は)非常にスーパーマンで仕事もできるので、現場が回らないことも分かっていた。そのため、上の方から厳しく指導することは、なかなかできなかった」と。現場からしてみると、ハラスメントや指導が行き過ぎであることは分かっていたけれども、やはり言えなかったということで、そうしたことが現場の声として聞こえています。
皆さん、このような事態になるとは思わず、もしもこの方が自死するということが分かっていれば、きっと(何か)言ったかもしれないと思うのですが、そのような予測はできなかった。そのような中、自分の利益や保身に走ることは誰しもあるだろうと思いますが、仮にこの組織の中に心理的安全性があったとすれば、このような痛ましい事件・事故にはつながらなかったのではないかと、思える一つの事案でした。
●1割の従業員が休職してしまった工場の事例
もう一つは、1割(の従業員)が休職してしまった部品メーカー工場の事例です。状況としては、コロナになって受注が拡大したが、人は増えていないまま、工場の稼働率が高くなり、そんな中で生産量が増えていったのです。
上司からすると、お客様からの受注が来るため、大変な勢いで「がんばれ!がんばれ!」と言うわけです。「なぜ、そんなことができないのか」「それぐらい、できるだろう」とも言っている。上司の本音としては、「こっちが一生懸命やれやれと言っても、現場のほうでは全然やる気がないのではないか」「できない、できないとばかり言ってくる」ということで、結果的にこの会社は1割ぐらいが休職してしまいました。
そんな事例になっていますが、現場の担当者の方々の本音はどこにあったか、われわれのほうでも少し意見を拾っていきました。すると、「課長は自分と同じ価値観で仕事を押し付けてくる」「断らない社員にばかり仕事を振ってくる」といった声が聞かれました。
本当にできないにもかかわらず、「作業量や作業分担の変更を行ってくれない」、自分たちもやろうとしているけれど「会社全体にやる気がない」、「こちらがいくら伝えても、『なんで? できるやろ』などと、強引に仕事を押し付けてくる」というところを、皆さんが感じていたわけです。
このように感じているというところを、私のような外部者が調査に入ると本音で言ってくれますが、その中で「課長や上位者には決して本音を言わない。なぜなら、言っても変わらないし、言ったときに、より自分の立場が悪くなってしまうからだ」と、そのような懸念があるから言えないというところが、この部品メーカー工場の場合も見てとれました。
本来ならば、こういうことが起きている中では、何ができて何ができないのかということを、きちんと率直に、健全に話し合えばいいわけですが、そのような環境下にはない。そこがこの部品メーカーの場合、やはり心理的安全性のない、一つの事例だったのかと思っています。
●ハラスメントを引き起こすリーダーの行動や心理の特徴
ただ、私は決して課長や上の方だけが悪いとは思っておらず、こういうことを引き起こしてしまっている組織全体が持っている規範や風土などが原因にあるのかと思っています。しかし、ハラスメントという観点で焦点を当ててみると、やはりハラスメントをつくってしまう人間の行動や心理にはいくつか(特徴が)あるのだろうと思っています。
ハラスメントの中で、どちらかというといわゆ...