●緊張の「高め安定」が、現場のできる最大の仕事
緊張や緊迫をあおり立て、演出してくる相手に対して、とりあえず今私どもにできることは何か。先ほども述べた通り、挑発には応じることなく、現在の緊張を決して緊迫や衝突にエスカレーションさせない。しかし、われわれの意思は明確に示す。これが今、現場が実際にやっていることです。
佐世保地方総監時代、私はよくさまざまな取材を受けたり、各地の地方自治体の方々とお会いして、「どうですか、東シナ海周辺の状況は?」と聞かれると、「うーん、高め安定ですかね」と答えていました。
「高め」というのは、今のところ緊張状態を下げる要素は見つかっていないし、相手の進出はむしろ高まっていたり、今後高まるかもしれないからです。そんな中でわれわれ現場がやらなければいけないのは、まさにその緊張の「安定化」です。
緊張の安定化は何のためにやるのでしょう。第1話から申し上げているように、緊張を下のラインへ下げていくのは、戦略でいう「水平軸」の機能です。現場のわれわれは、この「水平軸」すなわち政治や外交が機能するまでの時間を稼いでいます。そして、この間、決して相手に軍事的なカードを取らせません。それが今、最もやらなければいけない最大の仕事であろうと考えて、私は勤務に就いていました。
●中国の海洋進出の狙い(1)経済発展のための海洋権益の確保
次に気になるのは、中国の長期的な戦略目標ということだろうと思います。現場の方から言うと、「いつまでこの状態が続くのだ?」という話にもなるでしょうか。中国のこうした海洋進出の狙いは、大きく分けて三つあると思います。
一つは、経済発展のための海洋権益の確保です。中国においては、90年代以降、陸上油田の生産量が頭打ちになっています。それより前、1969年頃に国連の調査がありました。その報告により、東シナ海に石油や天然ガスが豊富に埋蔵されていることが分かりました。すなわち中国周辺に豊富な海洋資源がある可能性が明るみに出たのです。
実は、中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めたのは、この国連の報告があった年です。1971年、沖縄が返還され、日本の施政権が確立する直前でした。この頃から中国は、資源の将来性について考えていたのではないかと思います。中国という国は、おそらく13億の民を食べさせ続けるためには、止まることができないのでしょう。止まらないために常に経済発展しなければならず、その経済発展を支える根は資源です。
こうした理由から、中国の海洋進出の狙いについて、第一番目は経済発展のための海洋権益確保であろうと、私は考えています。
●中国の海洋進出の狙い(2)国土防衛のための防御重心線の拡大
二つ目は、国土防衛のための防御重心線の拡大でしょう。中国自身の歴史観として、「列強の侵略を招いたのは、海洋権意識の希薄化である」と言われ、特に日清戦争が教訓とされています。
革命当初の中国は、毛沢東が考案し、特に抗日戦争で採用した「人民の海の中に外国の軍隊を引きずり込んで戦う」やり方をしていました。しかし、開放改革政策により、沿海部には重要な経済拠点や工業拠点ができてきました。今では逆に沿海部を守るため、防御重心線は少し前に出した方がよく、引きずり込んだのでは駄目だということになりました。それが、1980年代の中頃、劉華清という将軍が提唱した「近海防御戦略」で、国土防衛のための防御重心線を前に出すことです。「前に出す」とはどういうことかというのが、この絵です。中国から見ると、南西諸島はちょうど行く手を塞ぐような形で、お椀に蓋をされているように見えるわけです。
これが、俗に言う「第1列島線」です。フィリピンまでつないでいって、こういうラインになります。中国の当初の目標は、まずそこまで何とかして前に出ようではないかということでした。かつての台湾海峡危機のときには、アメリカが空母2隻を台湾海峡に入れて、中国の軍事的な恫喝をとらせなかった。この経験も踏まえて、防御重心線はもう少し前に出したい。何かあっても、アメリカがおいそれと近づけないようにしたい。その戦略が、最近ではさらに先の「第2列島線」の間でやりたいというように変わっていると聞いています。
これが、国土防衛のための防御重心線の拡大と、そのための海洋への進出です。今後は列島線を越えて、第2列島線との間で中国艦隊の行動や訓練が確認される事態もあろうかと思います。また、逆にいうと、第1列島線の内側に防空識別区ができるというのは、そういった流れだろうと思っています。
●中国の海洋進出の狙い(3)国際的な地位の向上
三つ目は、国際的な地位の向上です。中国は、「海洋を制する者が生存と発展の権利を得る」という認...