禅はインドから中国を経由して日本に伝わったが、今や禅文化が残っているのは日本だけである。これは仏教と武士道と合一したからだと執行氏は言う。武士道は野蛮性と高貴性を備えた文化だが、それと合一したことで、座禅は死に至るほどの厳しい修行になった。その意味で禅は、インドでも中国でもなく、日本文化の代表ともいえる。ただし日本はこれを自分たちの手柄とは考えない。「どちらが本家か」などを競うのは、西洋的な発想である。真の世界平和のためには、日本文化の代表としての禅、そのあり方を世界に広める必要があるのだ。(全10話中第7話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツ・アカデミー論説主幹)
≪全文≫
●武士道と合一した禅、9年面壁して死んだ達磨の座禅
執行 次は6番。これは日本文化の代表としての禅を挙げました。禅というと当然、中国の文明です。仏教だから。ただ禅は、本家本元の中国やインドでは滅びてしまった。今、世界で残っているのは、日本だけです。禅文化というと、今は日本文化の代表になっています。なぜそうなったか。これは仏教が日本に入ることによって、武士道と合一したからです。
―― 合体したからなのですね。
執行 武士道と合体したとはどういうことかというと、宗教的な綺麗事から逃れたのです。武士道は先ほど言ったように血みどろの野蛮性と高貴性とを全部揃えている文化だから、綺麗事だけではない。だから座禅は死に至る修行だったのです。
―― そうですか、死に至る修行だと。
執行 だから明治時代までの禅の高僧、南天棒(中原鄧州)などが私は好きで、いつも文献を本で読んでいます。南天棒が修行したものは、記録で全部残っています。南天棒だけではなく、みんな今の人が見ると「バカなことをするな」と思います。例えば頭の上に日本刀を糸で吊るして、糸が切れたら日本刀が頭の上に落ちてくる。その下でずっと座禅を組んで修行したと南天棒は言っています。
あとは底が見えないぐらい深い井戸の上にボロボロの板を1枚敷いて、その上で座禅して毎日修行していたことが伝えられています。九州であった本当の話です。これが日本人の禅です。だから(単なる)仏教ではない。キリスト教でもない。「みんなで幸せになりましょう」などという宗教ではないのです。死を賭した修行が禅だったのです。
なぜそうなったかというと、武士道と合一したからです。武士道と合一したとは、これもまた日本の陰と陽です。陰と陽の対立がぐるぐる回って核融合を起こして、見えないようになったという文化です。
では禅の中の陰と陽は何かというと、静と動です。静と動が合一して、静かなのが静かだけでなくなった。今私が喋っているのが動で、喋っている動が喋っているだけではなくなった。喋っているのに、何も喋っていない。沈黙と合一しているというのが禅なのです。
何も喋っていない座禅を組んでいるときが、喋っているときと同じ状態、その境地に達したわけです。それは武士道と合一したからです。それによってあれほど厳しい修行の禅が、世界で唯一、日本文化として残ったので...