一般的には、「江戸時代は歌舞伎がずっと人気だったのではないか」というイメージが持たれているかもしれない。だが実は、歌舞伎の歴史そのものも、まことに波乱万丈なものであり、そこからのサバイバルを成し遂げていくものであった。出雲阿国(いずものおくに)から始まった歌舞伎は、時の権力とのせめぎあいのなかで、どのような変遷をたどったのだろうか。さらに、初代市川團十郎が盛り上げた江戸歌舞伎は、その後、とある事件で弾圧されて「歌舞伎は無きがごとし」といわれるところまで落ち込んでしまうが、はたして何があったのだろうか。堀口茉純氏の『歌舞伎はスゴイ』(PHP新書。https://amzn.asia/d/hj7N07g)をベースに解説。(全4話中第1話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●江戸前期までの「歌舞伎」の流れ
―― 一般的には、「江戸時代は歌舞伎がずっと人気だったのではないか」「江戸といえば歌舞伎ですよね」というぐらいのイメージを持っていらっしゃる方も多いと思うのですけれども、意外とこの本(堀口茉純著『歌舞伎はスゴイ』)を読んでいくと、非常に厳しい波を何度もくぐり抜けてやってきたということですよね。
堀口 はい、おっしゃる通りです。
―― これからそのポイントについてお話しいただきますけれども、これはひと言で言うと、どのあたりが生き残りのポイントだったのでしょうか。どういう転換にうまく成功したからだと思われますか。
堀口 やっぱりそれは歌舞伎の持っている「反骨心」というか。
―― 反骨心。
堀口 本来的に歌舞伎という芸能は「かぶく」という、ちょっと斜にかぶくという名前です。「歌」に「舞う」に「伎」で「歌舞伎」ですけれども、元になっているのが「傾く(かたむく)」という意味なので、物事に「王道で行く」というよりは、どちらかというと「ちょっと斜に構えた芸能である」というところから出発しているわけです。
ですから幕府から保護される対象ではあったと同時に、規制の対象にもなっていた。上から規制されたときに、いかにその規制を受けつつ、自分たちのやりたい表現を残していくかの「せめぎ合い」なのです。だからそのあたりが非常に面白くて。
―― 面白いですよね。
堀口 いつ終わっていても、正直、おかしくなかったタイミングがたくさんあるので、そこをどうして乗り切っていったかというところに面白みがあるのかなと(思います)。
―― それをこれからご紹介いただくというところですが。その確立までの歴史をざっと振り返ると、これはもう皆さんもご案内のことかと思うんですけれども、冒頭は出雲阿国(いずものおくに)という。
堀口 はい、さようでございます。
―― 当時は、だから男じゃなかったというところなんですね。
堀口 女性だったわけですよね。でもこの阿国という女性も男装をしていたわけですよね、要は。だからやっぱり「かぶいて」いますよね(笑)。
歌舞伎というのは本当にかぶいていて、当時の「かぶき者」という斜に構えた不良の風俗を、女性である阿国が男装することによって演じてみせるところに倒錯的な魅力が入ってきまして、非常に人気になるわけなんですよね。
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