この講義シリーズの第1話は
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印象派の解体と最後の印象派展
印象派を裏で支えたカイユボット…なぜ評価が低かったのか
印象派の解体と最後の印象派展(4)印象派の対立とカイユボットの存在
安井裕雄(三菱一号館美術館 上席学芸員)
ドガ派とモネ派の対立で、仲間内での不和が激しさを増していった印象派。印象派展では次第に印象派とは呼べない画家の出品も増えた中、ルノワールは代表作中の代表作と呼ばれる《舟遊びの人々の昼食》を最後に出品している。一方、内部の不和がありながらも印象派の画家たちを裏で支えた画家がいた。カイユボットである。なぜカイユボットはこれまで評価されなかったのか。ルノワールの最後の出品作品とともに解説する。(全5話中第4話)
時間:8分30秒
収録日:2023年12月28日
追加日:2026年3月20日
収録日:2023年12月28日
追加日:2026年3月20日
≪全文≫
●印象派内の対立と印象派展最後のルノワール作品
ドガ派とモネ派といったらいいのでしょうか、印象派内での仲間内での不和は次第に回を追うごとにどんどん激しくなっていってしまいます。
第7回の印象派展は、ドガが出品しなかったので、モネなど主流の印象派の作品が出品されることになるのですが、第8回の展覧会になると、印象派とはとても呼べないような画家たちの出品が多くなってきます。
こちらはルノワールが最後に印象派展に出品したときの作品です。ワシントンのフィリップス・コレクションが所蔵している《舟遊びの人々の昼食》という作品で、ルノワールの代表作中の代表作といわれています。フィリップス・コレクションをつくったダンカン・フィリップスは、美術館の目玉となる作品としてこの作品を購入しています。
フィリップスは不思議なコレクターで、ひょっとしたら、あまりルノワールのことを評価していなかったのでしょうか。というのは、フィリップス・コレクションの中で残された唯一の(ルノワール)作品がこの《舟遊びの人々の昼食》なのです。ルノワールの他の作品は買っていないと思いますし、現在でもフィリップス・コレクションにある唯一のルノワールの油彩作品です。
ルノワールは第7回の印象派展のときにはすでにイタリア旅行も済ませていますので、この時点で印象派の画風から徐々に脱却するための糸口を探し始めていた頃です。そうはいっても、印象派の技法にとどまったまま、風景画もこういった“ラ・グルヌイエール”を彷彿とさせる空の表現、水面の表現で描いています。こういった作品を出品していました。
これに対して、こちらは、ルノワールもセザンヌもモネもシスレーも出品していなかった第6回展にドガが出品した彫刻です。
この踊り子があまりにも写実的な生々しい表現ということで、大変なスキャンダルを巻き起こすことになります。ドガは本当に多くの技法、素材に関心を向けていた画家です。晩年は視力が衰えて、ほとんど失明に近い状態にまでなってしまっていたといわれています。粘土をこねて、馬や踊り子の姿をかたどっていたことが知られています。
●印象派内の対立と印象派展最後のルノワール作品
ドガ派とモネ派といったらいいのでしょうか、印象派内での仲間内での不和は次第に回を追うごとにどんどん激しくなっていってしまいます。
第7回の印象派展は、ドガが出品しなかったので、モネなど主流の印象派の作品が出品されることになるのですが、第8回の展覧会になると、印象派とはとても呼べないような画家たちの出品が多くなってきます。
こちらはルノワールが最後に印象派展に出品したときの作品です。ワシントンのフィリップス・コレクションが所蔵している《舟遊びの人々の昼食》という作品で、ルノワールの代表作中の代表作といわれています。フィリップス・コレクションをつくったダンカン・フィリップスは、美術館の目玉となる作品としてこの作品を購入しています。
フィリップスは不思議なコレクターで、ひょっとしたら、あまりルノワールのことを評価していなかったのでしょうか。というのは、フィリップス・コレクションの中で残された唯一の(ルノワール)作品がこの《舟遊びの人々の昼食》なのです。ルノワールの他の作品は買っていないと思いますし、現在でもフィリップス・コレクションにある唯一のルノワールの油彩作品です。
ルノワールは第7回の印象派展のときにはすでにイタリア旅行も済ませていますので、この時点で印象派の画風から徐々に脱却するための糸口を探し始めていた頃です。そうはいっても、印象派の技法にとどまったまま、風景画もこういった“ラ・グルヌイエール”を彷彿とさせる空の表現、水面の表現で描いています。こういった作品を出品していました。
これに対して、こちらは、ルノワールもセザンヌもモネもシスレーも出品していなかった第6回展にドガが出品した彫刻です。
この踊り子があまりにも写実的な生々しい表現ということで、大変なスキャンダルを巻き起こすことになります。ドガは本当に多くの技法、素材に関心を向けていた画家です。晩年は視力が衰えて、ほとんど失明に近い状態にまでなってしまっていたといわれています。粘土をこねて、馬や踊り子の姿をかたどっていたことが知られています。