●脳科学の四次元:ミクロとマクロ、実験と理論
皆さん、こんにちは。毛内と申します。私は、都内の大学で生物学を教える傍ら、執筆活動も精力的に行っております。私の専門は神経生理学なのですが、平たくいうと、「脳科学」です。
皆さんがご想像する脳科学というのは、心理学とか行動学みたいなものだと思うのですが、私がやっているのは脳細胞とか脳内物質とか、より細かいことで、どちらかというと脳のハードウエアとしての側面について研究を行っています。むしろ、心の働きというのは脳のソフトウエア、これは「心理学」と呼ばれているものです。脳科学も心理学という大きな学問の一部にすぎないわけですが、私はむしろ脳細胞とか脳内物質がどのように心の働きを生み出すのかということを知りたくて研究をしています。
最近では、医学だけではなく教育や経済学にも脳科学の知見が応用されているわけで、言ってしまえば、人がなすことは全て脳の仕業なのです。文学もそうです。なので、脳科学というのは全ての人が学ぶ必要があると思いますが、学んでみたいという気持ちはあるけれど、どこから手をつけていいか分からないという人が多いのではないかと思います。この講義では、そのような人たちに向けて、基本的な知見から脳科学の最新の研究成果まで、なるべく簡単にお伝えしたいと思っております。
では早速、脳科学とはまずどういう学問なのかということについて簡単に触れていきたいのですが、脳科学というのは四つの次元に分けられると考えていまして、私がやっているような小さなミクロレベルから、行動のようなマクロのレベルにまず分けられると思います。マクロのレベルの研究をしている脳科学というのは一般的に知られていると思いますが、私がやっている細胞レベルの研究は一般的には「神経科学」と呼ばれています。
この神経科学と脳科学というのは、もちろん、本当は一つの学問になるはずなのですが、ここに大きな溝がありまして、どうして細胞は行動のような複雑な機能を生み出すのかというのはまだよく分かっていません。
それから、脳の研究のアプローチとして、実験的なアプローチ、生の生き物を扱う学問や、数式を使ったりコンピュータを使ったりして理論的に脳を研究するとか、脳の動作原理を明らかにするというアプローチもあります。こちらは理論的なアプローチで、生き物を扱うほうは実験的なアプローチになります。両方大事なのですが、実はこの間にも隔たりがありまして、実験の知見と理論の知見というものがまだ完全に一致していない状態です。
なので、今、脳科学といっても、四者四様、全く別のことをやっている状況にありまして、これらがいずれ一つにならないと、真の脳の理解は得られないと考えております。
●無数の細胞による回路が詰まっている脳
さて、脳というと、皆さんはどういうものを想像されるでしょうか。脳は、もちろん細胞からできている一つの臓器だと考えることができます。この絵は約100年前にゴルジという人が描いた「海馬」と呼ばれる脳の部位のスケッチです。このように、黒くなっているのは「神経細胞」と呼ばれる、脳を作っている細胞を表していて、このように規則正しく並んでいる格好をしています。
現在はこれがどのように見えるかというと、このようになっております。これは遺伝子を組み換えて、マウスの脳細胞が光るように遺伝子を組み換えてあるマウスです。これを見てみると、大体似ているかと思うのです。
海馬というのは脳の一部分でしかなくて、実は脳の中というのはこんなに広く、非常に理路整然と回路が作られていて、非常に美しいですよね。
これはマウスの脳です。マウスというのはよく実験で使われる実験動物の一種ですが、手のひらに乗るくらいの大きさで、大体25グラムくらいです。その脳は皆さんの小指の先くらいの大きさでしかありません。しかし、小さい脳の中にこのようにたくさんの細胞が詰まっていて回路を作っているというのは非常に美しくて、研究をしていて非常に楽しい部分でもあります。
●死の定義をも揺らがす脳の蘇生の成功
さて、最近の脳科学のニュースで私が注目したものが二つありまして、それをちょっと紹介していきたいと思います。一つ目は、死んだブタの脳を体外で数時間生存させることに成功したという、3年くらい前のニュースです。これは非常に驚きました。
従来、死んでしまうというのは、...