松下政経塾は、学力や効率を優先する教育とは異なり、政治家としての「信念」と「人格」を磨く場である。松下幸之助は、「正直」を人間として最も重要な価値観に据え、その精神を塾生たちに打ち込み続けた。その精神性は、幸之助が若い頃に大阪で身につけた商道の基底にも流れている、人間社会や自然を愛する信仰心が影響しているのではないか。松下政経塾の塾生たちが地位や損得に左右されず、一貫して国家国民のために尽くす「志」を持ち続けられるのは、この揺るぎない「信念」があり、しかもその信念に対して「正直」だからではないか。(全7話中第3話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツ・アカデミー論説主幹)
≪全文≫
●「信念を持っているのが政治家である」というのは当たり前のこと
執行 だから、(高市早苗さんは)元の思想が違うのですよ。
―― そうなのですよね。人格力というか、元の部分が違うでしょう。
執行 違うのです。「元がある人」が政治家になるというのは当たり前のことなのです。でも、その当たり前のことが、今の選挙制度で――戦後(約)80年ですが――、私の感覚だと、当たり前の信念を持った政治家が当たり前に偉くなったということはないのです。みんな、ただ三代目だとか、それだけの話じゃないですか。それが初めて出てきたというのが(松下)政経塾なのです。
これはだから、(それぞれに)信念は違うものがあります。私とも思想が違う。でも、「信念を持っているのが政治家である」というのは当たり前のことですから。私は日本国民として、「野田(佳彦)さんの言ったあのことが違う」とか「高市さんの言ったあのことが違う」とか、そういうことは思わないのです。国民というものは、いつの時代も、その国のその時代のトップの人が持っている信念に従うものだと思っていますから。それは間違っているとか、そういうことではないのです。その時代の、日本の一番偉い人が信念に基づいて「やらなければならん」と思ったら、やるのが国民の義務なのです。だから、そう思える人が初めて政治家に出てきたということ。
だから「信念」なのです。別にリベラルの人が総理大臣になって、平和憲法がどうのこうのと言い出したら、それを守るのも国民の義務です。ただ、トップの人の人格、識見、それから政治家としてどういう人か(が大事です)。やっぱり、永遠に人間は「人格」だと思うのです。
―― なるほど、やっぱり人格なのですね。
執行 そうです。私は、本当に政治的信念を持っているリベラルの人がトップに立って、そうなってしまったら、率先してやると思います。その「人格を持った人」がやれば、です。やっぱり「人」なのです。そこが、松下政経塾だけが政治的心情と人格を両方持っている人を育てたということですね。
―― 結果的にそうですね。
執行 だと思っています。だって、あとは早慶から(毎年)3000人、4000人出ても、頭がいい人はいくらでもいると思うけれど、でもやはり信念にまでなっていないと思うのです。
―― (松下政経塾は)一番上に志を持ってきたと。それがないと、生きてい...