●実質実効円相場はかなり円安になっている
本日の二つ目のテーマということになってきますが、では実質的な円安は進んでいるのかどうか、それに関してIMF(国際通貨基金)がどういう考え方を持っているのかを示してみたいと思います。
いま皆さんに見ていただいているグラフは、名目実効円相場と実質実効円相場の動きを示しています。名目実効円相場は、ドル円だけではなく、ユーロ円、韓国ウォン円、人民元円といった、さまざまな日本の貿易相手国通貨に対する全体としての日本円の名目為替レートの指数になってきます。一方、実質実効円相場は、赤い折れ線グラフになりますが、日本と海外のインフレ格差の累積を加味したものになってきます。
約3年前はドル円相場が75円台をつけた時ですが、そこまでドル安、円高が進んだことで、円の名目実効相場は過去最高水準の円高を記録していました。ところが、そこから日本と海外のインフレ格差を加味した実質実効円相場はというと、ドル円相場が75円をつけて、名目実効円相場が過去最高値だったにもかかわらず、おおむね過去の平均水準ほどのところにとどまっていたのです。これは日本がデフレになった分、名目為替レートに対して実質為替レートが円安方向に押し下げられていることを示唆していました。
そこから3年弱、急激な円安が進んだことによって、実質実効円相場は過去平均水準から一段と下がってきて、今は、変動相場制に移行した後、最安値近辺になっています。その意味において、2015年6月10日の黒田総裁が指摘した「実質実効円相場はかなり円安になっている」というのは、事実だということです。
●実質実効円相場の下げは問題ではない
では、アメリカやIMFが、この実質実効円相場が下がっていること自体を問題視しているのかというと、直接的には問題ではないと思っています。
前回、アメリカやIMFがドル高や円安に対して包囲網を狭めてきていることについて申し上げましたが、実は、2012年8月、当時は円安ではなく円高だったのですが、その円高の中で、実質実効円相場は、先ほどお話しした通り、過去の平均水準に近いという議論が行われており、さまざまなマーケット参加者や一部経済学者の間でも、過去の平均水準にすぎない実質実効円相場の状態なので、円高はまだ深刻な状況ではないという意見が結構出ていたのです。その時、よくいわれていたのは、過去平均水準の実質実効円相場が1995年と同じような実質円高水準まで上昇するのであれば、名目為替レートにおいて、例えばドル円相場は50円ぐらいまで円高になるのではないかということです。当時、円高の流れが非常に強かったものですから、市場参加者の多くが、円高で当然だという考え方を持っていたわけです。
ところが、そういった中、2012年8月に日本経済に関する報告書を発表したIMFは、確かに実質実効円相場は過去の平均水準に近いが、実質実効円相場自体を過去の平均と比べることは、どちらかと言うと誤解を招く、ミスリーディングだと言いました。なぜかというと、過去の平均に比べて日本経済のファンダメンタルズが弱くなっていたため、国際競争力は低下し、世界の輸出市場における日本のシェアも縮まってきているからです。その時、IMFは、過去の平均と実質実効相場自体を比べることはあまり意味がなく、実質実効相場の下で日本の経済や諸外国の経済がどのようなパフォーマンスを見せているのか、そことの相対関係の中で為替レートが割高化したのか、あるいは割安化したのか、そういったところを判断していかなければいけないという考えを示したのです。
ですから、この延長線上で考えるならば、足元において実質実効円相場が、変動相場制移行後の最安値近辺にあること自体は問題ではないと思います。
●経常収支の改善から円は割安という判断へ
では、何がアメリカ財務省やIMFのスタンスを変えることにつながったのかということですが、一番大きいのは、日本の経常収支の改善だと思います。繰り返しになりますが、IMFは、2012年に日本経済に関する報告書を出したあたりから、為替評価に関する考え方を180度転換しました。従来は実質実効相場の過去と平均との対比を重視していましたが、2012年以降は、円に限らず、さまざまな通貨に関して、実質実効相場と経済の相対関係を重視するようになったのです。その中でも、特に重視するようになってきたのは経常収支です。
日本においては、東日本大震災の後、経常収支が大幅に悪化して、それが足元に至る円安の一つの背景にもなっていたわけですが、過去半年ほどで、原油安も手伝って、経常収支が顕著な改善を示しているということです。この数カ月間に関していえば、2007年につけた過去最高水...