テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.10.10

成人の日に毎年放送されていた「国民的番組」を振り返る

 日本の国民的番組と言えば、大みそかに放送される「紅白歌合戦」(以下、「紅白」)です。1951年に放送が始まり、歴代最高視聴率は第14回(1963年)のなんと81.4%、第66回(2015年)に記録した過去最低の視聴率でも39.2%に達しています。2017年は第1部35.1%、第2部40.2%でした。

 「紅白」の他にも、かつて国民的番組として認識されていたテレビ番組があったことをご存知でしょうか。それはNHK「青年の主張」です。

ホームの「紅白」、「ヴィジョン」の「青年の主張」

 「青年の主張」は、貧困、農村、学歴、職業差別といったテーマをもとに、若者が理想や夢を主張するNHK主催の弁論コンテストです。まずは1955年の第1回全国大会がラジオ放送として始まり、1960年の第6回全国大会からテレビでも放送されるようになり、毎年、成人の日に放送されていました。

 『青年の主張 まなざしのメディア史』(佐藤卓己著、河出書房新社)では、「紅白」が国民にとっての「安住の地(ホーム)」であるのに対して、「青年の主張」は国民が求める理想や夢、すなわち「近接未来(ヴィジョン)」を供給していたのではないかと紹介しています。

 著者の佐藤氏は京都大学大学院教育学研究科教授で、専攻はメディア史、文化大衆論です。主な著書に、サントリー学芸賞、日本出版学会賞を受賞した『「キング」の時代―国民大衆雑誌の公共性』(岩波書店)、吉田茂賞を受賞した『言論統制』(中央公論新社)などがあります。

国民的番組になったワケ

 視聴率は15%ほどを維持していました。番組内容が弁論コンテストであることを考えると異常な高視聴率だったといえます。

 とはいえ、視聴率でいえば、「紅白」とは比べものになりません。それにもかかわらず、どうして「青年の主張」は「紅白」と肩を並べて国民的番組として認知されていたのでしょう。

 その答えはいたってシンプルです。実は、この番組には「『国民の象徴』たる皇室からの臨席があった」のです。1963年からは当時皇太子夫妻(現・明仁天皇、美智子皇后)が87年に代替わりするまで臨席し続けました。

 つまり、およそ四半世紀にわたって今上天皇、皇后が出席する番組ということで、まさに「『象徴』的に『国民的番組』として認知されるようになっていた」ということです。

天皇・皇后の象徴としての力

 美智子妃が皇后となった平成改元とともに「青年の主張」は幕を閉じ、「青春メッセージ」に改題されました。「青春メッセージ」には、皇室から現皇太子妃が出席しました。

 ところが、今上天皇、皇后両陛下が列席を退いた後の「青春メッセージ」を国民的番組と受け取る視聴者は少なかったようです。

 ここに天皇の象徴としての影響力の強さをみることができます。結局、2005年の放送を最後に打ち切られてしまいました。

自分たちにとって都合のよい大人のまなざし

 もちろん、番組が打ち切りになったのは、両陛下が出席しなくなったことだけが理由ではありません。そもそも番組の内容自体がある矛盾を孕んでいました。

 前掲書の著者・佐藤氏によると、「青年の主張」は、一見すると若者に寄り添った番組に思えますが、実は「自分たちにとって都合のよい若者を優しく見つめる大人のまなざし」が色濃く反映されており、番組で語られる美談は若い視聴者にとってはむしろ「居心地の悪さ」を感じさせる内容だったのではないかと指摘しています。

 実際に「青春メッセージ」が打ち切りになった年、元NHKのプロデューサー・萩野靖乃氏は「『感心した』『もらい泣きした』と手紙を寄せる視聴者は、お年寄りばかりになっていた」と証言しています。

 「青年の主張」に限らず、昨今の若者のマスメディア離れの原因は、彼らに対する大人たちの偏ったまなざしに原因があるのかもしれません。

 世代間の分断は、高齢化社会を迎え、世代別人口の差が大きくなるにつれて、今後、社会問題としても深刻化していくでしょう。

 佐藤氏も述べていることですが、若者にはそれぞれの世代で「それぞれの幸福と不幸」があります。それを踏まえることなく、上の世代が自分の都合に合わせて身勝手な夢や期待、責任を押し付けたり、あるいは若者の「進歩」や「堕落」を乱暴に語るのは避けるべきではないでしょうか。

<参考文献>
『青年の主張 まなざしのメディア史』(佐藤卓己著、河出書房新社)
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309625003/

<関連サイト>
佐藤卓己研究室ホームページ
http://www12.plala.or.jp/stakumi/

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
雑学から一段上の「大人の教養」はいかがですか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

繁華街・新宿のルーツ、江戸時代の遊女が働く飯盛旅籠とは

繁華街・新宿のルーツ、江戸時代の遊女が働く飯盛旅籠とは

『江戸名所図会』で歩く東京~内藤新宿(2)「夜の街」新宿の原点

歌舞伎町を筆頭に、東京でも有数の繁華街を持つ新宿だが、その礎は江戸時代の内藤新宿にあった。遊女が働く飯盛旅籠(めしもりはたご)によって、安価に遊興できる庶民の「夜の街」として栄えた内藤新宿の様子を、『江戸名所図...
収録日:2024/02/19
追加日:2024/04/28
堀口茉純
歴史作家
2

なぜ民主主義が「最善」か…法の支配とキリスト教的背景

なぜ民主主義が「最善」か…法の支配とキリスト教的背景

民主主義の本質(1)近代民主主義とキリスト教

ロシアや中華人民共和国など、自由と民主主義を否定する権威主義国の脅威の増大。一方、日本、アメリカ、西欧など自由主義諸国における政治の劣化とポピュリズム……。いま、自由と民主主義は大きな試練の時を迎えている。このよ...
収録日:2024/02/05
追加日:2024/03/26
橋爪大三郎
社会学者
3

日本は再エネが難しい!?再エネ比率が高い国との相違点

日本は再エネが難しい!?再エネ比率が高い国との相違点

日本のエネルギー&デジタル戦略の未来像(3)電力の部分最適と全体最適

サステナブルな電力の供給と消費が求められる現代社会。太陽光発電のように電力の生産拠点が多元化する中で、それぞれの電力需給と国全体の電力需給のバランス調整が喫緊の課題となっている。実はヨーロッパなどの「再エネ比率...
収録日:2024/02/07
追加日:2024/04/27
岡本浩
東京電力パワーグリッド株式会社取締役副社長執行役員最高技術責任者
4

陰の主役はイラン!?イスラエル・ハマス紛争の宗教的背景

陰の主役はイラン!?イスラエル・ハマス紛争の宗教的背景

グローバル・サウスは世界をどう変えるか(4)サウジアラビアとイランの存在感

中東のグローバル・サウスといえば、サウジアラビアとイランである。両国ともに世界的な産油国であり、世界の政治・経済に大きな存在感を示している。ただし、石油を武器にアメリカとの関係を深めてきたのがサウジアラビアであ...
収録日:2024/02/14
追加日:2024/04/24
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
5

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

「重要思考」で考え、伝え、聴き、議論する(1)「重要思考」のエッセンス

「重要思考」で考え、伝え、聴き、そして会話・議論する――三谷宏治氏が著書『一瞬で大切なことを伝える技術』の中で提唱した「重要思考」は、大事な論理思考の一つである。近年、「ロジカルシンキング」の重要性が叫ばれるよう...
収録日:2023/10/06
追加日:2024/01/24
三谷宏治
KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授