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DATE/ 2022.07.28

退化?進化?日本人の5%が持っていない筋肉

 体を動かすための筋肉、心臓や血管を覆う筋肉等々、人体には実にたくさんの筋肉で構成されています。その数は600ほどといわれ、それぞれが健康な身体を維持するために働いています。

 しかしそれらの筋肉の中に、ほとんど使われない“いらない”筋肉があるのをご存じでしょうか。
「長掌筋(ちょうそうきん)」という筋肉で、日本人の約5%が、この筋肉を持っていないとされています。

最も不要な筋肉「長掌筋」とは

 長掌筋とは腕から手首にかけてつながっている細長い筋肉のことで、手首を曲げる、物をすくうなど手首の関節を使う際、手の膜に緊張を与えるのが主な役割といわれています。

 親指と小指をくっつけて手首を内側に曲げると、手首の真ん中あたりにスッとひとすじの腱が浮かび上がるのが分かるでしょう。それが長掌筋です。そこそこ目立つ筋肉ですよね。

 ではこの筋肉がなぜ“いらない”筋肉といわれるのかというと、実は手首を曲げるのに使う筋肉はほかに2つ存在しており、それらが十分な働きをしているからです。2つの筋肉は橈側手根屈筋(とうそく しゅこん くっきん)、尺側手根屈筋(しゃくそく しゅこん くっきん)と呼ばれ、これらに比べると長掌筋の重要度は低いとされています。さらに、長掌筋の有無によって握力や筋力に差がないことも判明しています。

 このような理由から、長掌筋はあってもなくても特に身体に影響がない、不要な筋肉とされているのです。

長掌筋がある人とない人がいる

 さきほどの、指をつけたまま手首を曲げる動作をしてみて「長掌筋らしきものが出てこない」という人もいらっしゃるはずです。実は長掌筋を生まれつき持っていない、先天的に欠損しているという人は世の中に数%の割合でいるといわれています。日本人であれば全体の4~5%、白人はさらに多いのだそう。

 しかし先ほどから述べている通り、長掌筋がなかったとしても特別不都合なことはありません。別の言い方をすれば、長掌筋がないのは身体が進化している証拠(進化型タイプといわれている)でもあるのです。

 ヒトを含め、生物は環境の変化に適応するために、長い時をかけて身体を進化させてきました。その過程上、不要とされた機能は逆に退化し、その痕跡だけが残るか、または消失していきます。かつて人類にあった尻尾の名残とされる「尾てい骨」や、奥歯の「親知らず」などは、まさしくその典型例でしょう。

 長掌筋の場合は、ヒトが樹上で生活していたころの名残といわれています。現在でも、サルやキツネザルなど木の間を移動して生活する哺乳類は、前脚が非常に発達しており、長掌筋も強靱です。しかし地上で生きることを選んだヒトは、必然的に木に登る機会も減ったため、長掌筋を使いこなすことがなくなりました。

 このように、長掌筋はゆるやかにその存在を消しつつあるのです。

不必要だからこそ、必要とされる時がある!

 いずれなくなる運命にある長掌筋。とはいえ、実はこの長掌筋が大活躍する場面があります。それは損傷した腱に対する移植手術、すなわち再建術の時です。

 長掌筋は取り除いても身体にほとんど影響がないため、指の腱や靱帯の補強・再建のために使用されることがたびたびあります。特に「トミー・ジョン手術」という肘の靱帯断裂の際に行われる再建術は有名で、肘を酷使する野球の投手がよく受ける手術として知られています。

 一般人はもちろん、プロ野球選手の松坂大輔選手や、ダルビッシュ有選手、大谷翔平選手、その他メジャーリーガー含む世界のトップ選手たちがこの手術を経験。見事、復帰を果たしています。彼らの華々しい活躍の陰には、「いらない」といわれた長掌筋の存在があったのです。

 いかがでしたか。人間の身体の機能については、今の医学でもわかっていないことがまだまだたくさんあります。長掌筋以外の知られざる部位もいずれ解明され、真の力を発揮する時がくるのかもしれない(?)ですね!

<参考サイト>
・【筋肉の豆知識】理学療法士が解説「人体で最もいらない筋肉って?」不要な筋肉の役割と活用法(yoga JOURNAL ONLINE)
https://yogajournal.jp/10849
・あなたはどっち? 自分の手首で「進化したタイプ」かどうかがわかる(ナゾロジー)
https://nazology.net/archives/21993
・長掌筋(ちょうしょうきん)って何?(吉沢整骨院ブログ)
http://seikotu76yosizawa.blog.fc2.com/blog-entry-129.html
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