テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.04.12

経済学のセンスを磨こう!

 「経済学を身につけると、直感的判断が正しいかどうか自分でチェックできるようになる」――こう語るのは、大阪大学 社会経済研究所教授・大竹文雄氏です。これは大竹氏の著書『経済学のセンスを磨く』(日本経済新聞出版社)のまえがきに出てくる言葉ですが、なぜ直感的判断にチェックが必要なのでしょうか。

 私たちは直感で判断するケースが多いのですが、直感は正しい場合もありますが、間違っている場合もあります。普段の何気ない生活なら、多少間違っていても問題ないかもしれませんが、仕事などで大きな意思決定を求められるときはどうでしょう。問題が出てくる場合も少なくないはずです。同書は、私たちの直感的判断、それに基づく行動や思考が経済的合理性から見て合っているのか、あるいはズレているのか、そのことを教えてくれる良書なのです。そのズレを知ることは、本書タイトルにある通り、「経済学のセンスを磨く」ことと直結するということです。

オリンピックの意外な経済効果

 同書は、「第1章 なぜ農家はレタスを処分するのか」「第2章 情けは人のためならず」「第3章 軽減税率はお金持ちに有利?」「第4章 教育の思わぬ効果」の4章立てで、25の事例が紹介されています。今回は、第1章のなかの「オリンピックの意外な経済効果」という項目について、少し深掘りしてご紹介します。

 オリンピックには、外国からの観光客が増えるといった経済効果が見込める一方、開催費用をめぐってはその莫大さゆえ否定的な意見の人も少なくありません。2020年東京オリンピックに関していえば、いまだその開催費用の問題で揺れているところです。そう聞くと、直感的に「オリンピックは結局、経済効果があまり望めないのでは」と考えてしまうかもしれません。しかし、大竹氏はここで、オリンピックの意外な経済効果を教えてくれています。結論からいうと、それは「オリンピック招致には輸出入を増やす」ということです。ではなぜオリンピックの招致が輸出入増加につながるのでしょうか。その理由にはなるほどと頷けるものがあります。

 オリンピックを開催するためには非常にコストがかかります。そのため、諸外国の企業や投資家は次のように考えます。こんなにもコストがかかることにコミットしようとしているのだから、当国の政府は貿易の自由化を本気でしようとしているに違いなく、安心して投資ができる、と。つまり、オリンピックの開催は、諸外国にとっては「自由化のシグナル」であり、それが安心感となって投資の拡大につながり、それによって輸出の増加を促すことになるのです。

 そして大竹氏は次のように本題を締めくくっています。「オリンピックというのは、様々なコミットメント手段として有効なのであり、将来の政策に関する安心感をもたらすのだ。それが本当のオリンピックの経済効果なのかもしれない。アベノミクスというのは、コミットメントの経済政策がその実態だとすれば、今後、そのコミットメントを守っていくことが、政策の成功への鍵となるはずだ」

 このように、「経済学」というフィルターを通してみると、直感的判断のズレを確認することができ、その実態がよく見えてくるということですね。

NHK「オイコノミア」のあの先生!

 実は大竹氏は、芥川賞作家の芸人の又吉直樹氏がレギュラーを務めるNHKの番組「オイコノミア」にも出演されており、丁寧かつ分かりやすい説明で評判の先生です。

 大竹氏がテレビに出演したり、本書を出版する理由の中には、「経済学は役に立たない」という経済学の古いイメージを刷新したいという思いが強くあるのではないでしょうか。

 同書にも書かれていることですが、現代の経済学と一般的にイメージされる伝統的な経済学はずいぶんと異なってきています。伝統的な経済学は合理的に行動するロボットのような人間像を前提に組み立てられてきましたが、現代の経済学は心理学や社会学などの最新の研究成果を取り入れ、現実的な人間像を前提として再構築されました。大竹氏の切実な思いの詰まった本書を読めば、現代の経済学の面白みと奥深さを発見できることでしょう。

<参考文献>
『経済学のセンスを磨く』(大竹文雄著、日本経済新聞出版社)
http://www.nikkeibook.com/book_detail/26274/

<関連サイト>
大竹文雄氏のホームページ
http://www.iser.osaka-u.ac.jp/~ohtake/

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

ショパン…ピアノのことを知り尽くした作曲家の波乱の人生

ショパン…ピアノのことを知り尽くした作曲家の波乱の人生

ショパンの音楽とポーランド(1)ショパンの生涯

ピアニスト江崎昌子氏が、ピアノ演奏を交えつつ「ショパンの音楽とポーランド」を紹介する連続シリーズ。第1話では、すべてのピアニストにとって「特別な作曲家」と言われる39年のショパンの生涯を駆け足で紹介する。1810年に生...
収録日:2022/10/13
追加日:2023/03/16
江崎昌子
洗足学園音楽大学・大学院教授 日本ショパン協会理事
2

歴史のif…2.26事件はなぜ成功しなかったのか

歴史のif…2.26事件はなぜ成功しなかったのか

クーデターの条件~台湾を事例に考える(5)世直しクーデターとその成功条件

クーデターには、腐敗した政治を正常化するために行われる「世直しクーデター」の側面もある。そうしたクーデターは、日本では江戸時代の「大塩平八郎の乱」が該当するが、台湾においては困難ではないか。それはなぜか。今回は...
収録日:2025/07/23
追加日:2025/10/17
上杉勇司
早稲田大学国際教養学部・国際コミュニケーション研究科教授 沖縄平和協力センター副理事長
3

国力がピークアウトする中国…習近平のレガシーとは?

国力がピークアウトする中国…習近平のレガシーとは?

習近平中国の真実…米中関係・台湾問題(6)習近平のレガシー

「時間は中国に有利」というのが中国の認識だが、中国の国力はすでに衰え始めているとの見方を提示した垂氏。また、台湾問題の解決が習近平主席のレガシーになり得るかだが、かつての香港返還問題を事例として、その可能性につ...
収録日:2025/07/01
追加日:2025/10/16
垂秀夫
元日本国駐中華人民共和国特命全権大使
4

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

学力喪失の危機~言語習得と理解の本質(1)数が理解できない子どもたち

たかが「1」、されど「1」――今、数の意味が理解できない子どもがたくさんいるという。そもそも私たちは、「1」という概念を、いつ、どのように理解していったのか。あらためて考え出すと不思議な、言葉という抽象概念の習得プロ...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/10/06
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
5

学力喪失と「人間の理解」の謎…今井むつみ先生に聞く

学力喪失と「人間の理解」の謎…今井むつみ先生に聞く

編集部ラジオ2025(24)「理解する」とはどういうこと?

今井むつみ先生が2024年秋に発刊された岩波新書『学力喪失――認知科学による回復への道筋』は、とても話題になった一冊です。今回、テンミニッツ・アカデミーでは、本書の内容について著者の今井先生にわかりやすくお話しいただ...
収録日:2025/09/29
追加日:2025/10/16