テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2019.07.21

今後「ネクタイ」は必要なくなるのか?

 2019年5月より、三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下「MUFG」)は、通年でノーネクタイを容認する「ビジネスカジュアル」を導入しました。メガバンクで初めての試みで、大きな話題を呼びました。

 一方で、「ビジネスカジュアル」や「クールビズ」の導入により、ネクタイ業界は大ダメージを受けています。

 今回はネクタイの今昔に、思いを巡らせてみたいと思います。

「クールビズ」とノーネクタイの広まり

 もともとMUFGは、毎年5月初めから10月末までを「クールビズ」期間とし、ノーネクタイなどの「ビジネスカジュアル」を認めてきました。「クールビズ」の素地が、「ビジネスカジュアル」の通年導入に繋がったのかもしれません。

 現在、MUFG以外の多くの企業ならびに官公庁でも、6月初めから9月末までといった夏期に、「クールビズ」が導入されています。では、「クールビズ」はいつ頃から、またどんな経緯で始まったのでしょうか。

 「クールビズ」の始まりは、2005年の環境省の提唱までさかのぼります。ねらいは主に、地球温暖化対策や夏期の電力不足の解消です。夏期の間、室内のエアコンの設定温度を28℃程度に設定することや、そうであってもオフィスで快適に過ごせるよう、体感温度が2度程度下がるとされる「ノーネクタイ、ノージャケット」などの軽装が推奨され、現在に至っています。

 なお、環境省の公募に寄せられた約3200通の中から従来の「省エネルック」にかわって、「クールビズ」ということばが選ばれました。クールビズは、「涼しい」「かっこいい」という意味のある「クール(cool)」と、仕事(ビジネス)を意味する「ビズ(biz)」を組み合わせた造語だとされています。

 「クールビズ」の導入と広まりによって、ノーネクタイでもだらしなく見えない開襟シャツなど軽装でもシルエットが美しく見える商品が増え、通気性・吸水性など素材の機能性も強化されるなど、「ビジネスカジュアル」はビジネスファッションとして定着してきました。

 ちなみに、「省エネルック」では「ネクタイ着用、半袖スーツ」でしたが、残念ながらこちらのビジネスファッションとしての定着は、今のところないようです。

ネクタイの誕生と流行

 では、「ノーネクタイ」とうたわれることとなったネクタイは、そもそもなぜ着用されるようになったのでしょうか。

 ネクタイは「ネック(neck)」と「タイ(tie)」の複合語で、ネクタイとよばれるようになったのは1830年代以後だとされています。

 今日のネクタイの原型が現れたのは300年ほど前に登場した「クラバット(cravat)」とされており、その語源はクロアチアの軽騎兵をあらわす「クロアット(croate)」といわれています。クロアットがルイ14世に仕えるためにパリに来たときに、首に巻いていた色鮮やかな布(クラバット)を模したことによるとされています。

 1656年頃から本格的にクラバットがフランス上流社会に登場し、1960年代にはイギリスにも伝えられるなどヨーロッパの男子服で一般化しました。そして、装飾や形、素材、結び方、大きさなどを変化させながら19世紀末までクラバットの人気が続きました。

 時代が進むとともに、クラバットは帯状の物へと変化していきます。「ダービー・タイ」(先端が剣先のようにとがった結び下げのネクタイ)や「フォア・イン・ハンド」(現代に一般的な形とされる幅タイのネクタイ)が登場し、素材や色の取り合わせも多様化すなど、今日的なネクタイに至っています。

 ネクタイは、装飾も少なく暗色の多い現代の男性服にとって、色彩とアクセントを与える重要なアクセサリーとなっています。

これからのネクタイ

 本格的な夏を迎える少し前にあたる、6月の第3日曜日は「父の日」です。以前のプレゼントの定番はネクタイでしたが、現代では「クールビズ」期間にばっちり重なっています。

 東京ネクタイ協同組合が発表している「日本のネクタイ 生産実態調査」(平成30年度版)によると、「クールビズ」導入の翌年にあたる2006年から2017年にかけて、「日本のネクタイ生産および輸入の推移」は、微増はあるももの減少の傾向をたどっています。具体的には、2006年には40,868,000本のネクタイ生産および輸入があったのに対し、一番少ない2016年では、19,250,000本といった半分以下にまで落ち込んでいます。

 また、2011年からは環境省により、「クールビズ」よりも一歩踏み込んだ「スーパークールビズ」が発表され、状況に応じてポロシャツ・Tシャツ・ジーパンといったさらなる軽装が推奨されるなど、ネクタイ業界にはさらなる逆風が吹いています。

 しかし、『アクセサリーの歴史事典 上』によると、「ファッションの進化は、必ずしも快適さの進化を意味しない。<中略>種々の変形が現れたなかで、唯一何度もリバイバルしたのは、シンプルで効果的でしかも快適な初期形のタイだった」とし、「現代人の目にも美しいネクタイ」は、「装飾品として使い続けられている」と述べています。

 環境や働く人に配慮した「ビジネスカジュアル」や「クールビズ」の導入はすばらしい取り組みではありますが、美しいネクタイをした装いもまたすばらしいものです。どちらのよさも併存する、着る人や環境にも優しく、文化的にも見た目にも多様で美しい未来が望まれます。

<参考文献・参考サイト>
・「カジュアル・エブリデー」の通年化について
https://www.sc.mufg.jp/company/news/inform/info20190425.html
・「三菱UFJ初の利益未達 三毛路線、まず「かがむ」」(『日本経済新聞』、2019年5月17日付)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44889910W9A510C1EE9000/
・「スーツ着なくてもOK 三井住友銀、本店の営業部門以外」(『朝日新聞』、2019年6月26日付)
https://www.asahi.com/articles/ASM6V4FGCM6VULFA013.html
・「クールビズ」、『日本大百科全書』(小学館)
・「クールビズ」、『イミダス 2018』(小学館)
・「省エネルック」、『デジタル大辞泉』(小学館)
・「ネクタイ」、『日本大百科全書』(小学館)
・「ダービー‐タイ」、『デジタル大辞泉』(小学館)
・「フォア‐イン‐ハンド」、『デジタル大辞泉』(小学館)
・「スーパークールビズ」、『イミダス 2018』(小学館)
・日本におけるネクタイ生産調査│東京ネクタイ協同組合
http://www.tokyonecktie.or.jp/survey/
・『アクセサリーの歴史事典 上』(K.M.レスター・B.V.オーク著、古賀敬子訳、八坂書房)
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

アジア的成熟国家モデルづくりへ、日本が目指すべき道とは

アジア的成熟国家モデルづくりへ、日本が目指すべき道とは

日本の財政と金融問題の現状(4)日本が目指すべき成熟国家への道

機関投資家や経営者の生の声から日本の金融市場の問題点を見ていくと、リスクマネーを供給するための市場づくりや人材育成等の課題が浮き彫りになる。良質なスタートアップ企業を育てるにはどうすればいいのか。今こそアジア的...
収録日:2025/04/13
追加日:2025/07/01
木下康司
元財務事務次官
2

相互依存で平和は保てるか…EUの深化・拡大の難題とは

相互依存で平和は保てるか…EUの深化・拡大の難題とは

地政学入門 ヨーロッパ編(9)EUの深化・拡大とトルコの問題

国際政治の理論として国同士の経済交流、相互依存が安全保障、つまり平和を維持できると伝統的に考えられてきたが、今般の国際政治ではそれは必ずしも当てはまらないようだ。そこでEUの問題である。国の垣根を越えて世界国家に...
収録日:2025/02/28
追加日:2025/06/30
小原雅博
東京大学名誉教授
3

最悪のシナリオは?…しかしなぜ日本は報復すべきでないか

最悪のシナリオは?…しかしなぜ日本は報復すべきでないか

第2次トランプ政権の危険性と本質(8)反エリート主義と最悪のシナリオ

反エリート主義を基本線とするトランプ大統領は、金融政策の要であるFRBですらも敵対視し、圧力をかけている。このまま専門家軽視による経済政策が進めば、コロナ禍に匹敵する経済ショックが世界的に起こる可能性がある。最終話...
収録日:2025/04/07
追加日:2025/06/28
柿埜真吾
経済学者
4

江藤淳と加藤典洋――AI時代を生きる鍵は文芸評論家の仕事

江藤淳と加藤典洋――AI時代を生きる鍵は文芸評論家の仕事

AI時代に甦る文芸評論~江藤淳と加藤典洋(1)AIに代わられない仕事とは何か

昨今、生成AIに代表されるようにAIの進化が目覚ましく、「AIに代わられる仕事、代わられない仕事」といったテーマが巷で非常に話題となっている。では、AIに代わられない事とは何であろうか。そこで、『江藤淳と加藤典洋』(文...
収録日:2025/04/10
追加日:2025/06/25
與那覇潤
評論家
5

寝ないとよく食べる…睡眠不足が生活習慣病を招く理由

寝ないとよく食べる…睡眠不足が生活習慣病を招く理由

睡眠と健康~その驚きの影響(1)睡眠が担う5つのミッション

私たちに欠かせない「睡眠」。そのメカニズムや役割についていまだ謎も多いが、それでも近年は解明が進み、私たちの健康に大きく関与することが明らかになっている。まずは最新情報を盛り込んだ睡眠が果たす5つの役割を紹介し、...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/06/05
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授