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DATE/ 2020.03.31

都内にある家賃1万円のシェアハウス【前編】

【前編】ヤバい状況になっている友達も多いので、『とりあえずこいよ』と言える場所があるといいなと思って

文・末井昭 写真・神藏美子


 東京で働くにせよ、学ぶにせよ、東京で暮らすことで一番問題なのは、家賃が高いということです。当然、場所や物件の状態によって家賃は大きく異なりますが、たとえばワンルームマンションに入るにしても、最低でも家賃6万円ぐらいは必要になります。

 収入のかなりの部分を家賃に取られてしまうということは、やりたいことの選択の自由を奪われてしまうことにもなります。

 たとえば、学問を志して東京の大学に入ったとしても、アルバイトをしなければ家賃が払えません(親からの仕送りがたくさんある人は別ですが)。そのため、勉強する時間がかなり奪われてしまいます。

 ミュージシャンを目指したとしても、毎夜居酒屋のアルバイトでクタクタになっていれば、志も折れてしまうでしょう。画家を目指したとしても、起業を目指したとしても、芸人を目指したとしても、ネックは家賃です。家賃さえなければ、どれだけ多くの才能が開花したかしれません。

 ところが、都内に家賃1万円のシェアハウスがあるというのです。1万円の家賃なら、1日か2日、アルバイトでもすればなんとかなります。いったいどんなところなのか、そこに住んでいた人に住所を教えてもらい、そのシェアハウスに行ってみることにしたのでした。

そこは廃工場の2階だった

 その場所は、京成押上線の八広駅から歩いて10分のところにある、昔工場だったところだそうです。グーグルマップを見ると、総武線の平井駅からも歩けない距離ではありません。とか思いながらも、結局錦糸町からタクシーに乗ることにしました。運転手さんに住所を言って、ナビに入れてもらって、いざ出発です。

 20分ほど走ったところで、運転手さんが「ここですよ」と言うので降りたのですが、右手は荒川の土手で、左手は廃墟のような工場です。人っ気がまったくありません。1階に空き缶が積んであると聞いたので、キョロキョロ見回してみると、その工場の奥の方に空き缶が山のように積んでありました。その奥にある木の階段が、家賃1万円のシェアハウス「ハイチ跡」の入り口です。(「ハイチ跡」の意味は、難民支援の人たちが協力して、ハイチ難民を6人住まわす話があったそうですが、詳しいことはわかりません)




 木の階段を上り、おそるおそるドアを開けると、そこは住人のみなさんの共有スペースのようで、大きめのテーブルに椅子が数個置かれていて、若い人たち(全員男性)が5、6人くつろいでいました。リビングルームのような場所みたいです。前もって管理人さんに取材のお願いをしていたので、ここに住んでいる何人かの人を集めておいてくれたのかもしれません。ちなみに管理人さんも、1つ上の階に住んでいます。

 まずは、その管理人、松浦伸也さんに話を聞くことにしました。

1万だったらなんとかなるんですよ


――みなさん若いですね。ここの人たちは、どうやって集まったんですか。知り合いの知り合いみたいな感じなんですか。

 「みんなそうですね。インターネットなんかで募集せずにやっているので。家賃1万円だと、とんでもない人が来ることもありますからね。ここにいる人も、実際とんでもない人ばかりなんですけど。ただ、とんでもないけど平和的な子が多いというか。ここに入ってくるには、いろんなケースがあるんですけど、家がない状態になって、そのままだとホームレスになっちゃうってことで転がり込んできた子が4人ぐらいいますね。そういうケースがちょこちょこあります」

――アパートに住めなくなったりとか?

 「あと、働いているところが食住一緒になっているところで、そこを追い出されちゃうんですね」

――仕事を失ったときに?

 「そうです。そこはブラック企業だったりするんですけど、そういうところから出てきた子が転がり込んだりとか。だいたい困った奴がいると連絡がくることが多いんです。連絡がきたら、ひとまず受け入れるようにしているんですけど、生活保護を受けている人は断っています。というのは、生活保護を受けていると住宅手当とか出るので、貧困ビジネスという形で商売になっちゃうんですね。それをメインでやってる人たちもいるんですけど、それはよくないなぁと思っているんです。

 1万だったらなんとかなるんですよ、なんとかならなかったら、アルバイトを探して1日働けばなんとか家賃は払えるので」

 この廃工場は、もともとはこの辺りに多くある鞣し革業者の組合の持ち物で、組合が使わなくなってずっと放置されていたところに、2003年ごろ4、5人のアーティストが入ってきて、アトリエとして使っていました。10年ほどアーティストたちが使ったあと、松浦さんが1年がかりで組合にかけ合って借りたそうです。

もともとは墨田で青空市をやっていた

――ここを借りる前にも、松浦さんはシェアハウスをやっていたんですか。

 「やってました。昨日の夜もみんなで話していたんですけど、ここはシェアハウスっていう言葉がしっくりこないかもねって」

――そうですね。みんながイメージしているシェアハウスとは、ちょっと違いますね。シェア工場ですか。

 「下宿みたいな感じですかね。シェアハウスをやるようになったのは、僕が2階建てのボロボロの一軒家に1人で住んでいたんですけど、そのときに家の鍵を閉めないでおいたんです。そこへ、後輩なんかがどんどん来るようになって、そいつらがどんどん住みつくようになって、じゃあ、みんなで家賃を折半して使おうかというふうになったのが始まりですね。

 そのうち、そういうニーズがどんどん増えてきたんだけど、全員は入れないし、女の子も来ちゃったりして、さすがに男女一緒は無理なので、個室のあるところを探していたら、不動産屋さんから丁度いい物件があるよとか言われたりして、だんだん増えていったっていう感じですね」

――それはどのエリアですか。

 「スカイツリーとか曳舟のあたりですね。京島の方は長屋ですね。そこでいま3軒やっています。女性だけのシェアハウスが2軒と、男女のシェアハウスが1軒。そしてここの男性だけのシェアハウスが1軒ですね」

――いつごろからやっているんですか。

 「2011年ぐらいからですかね。農業大学に行っていて、ちょうどその年に大学院を卒業したんです。で、墨田の方に来たんです」

――どうして墨田に来ようと思ったんですか。

 「もともと学生時代に青空市をよくやっていたんです。いまは後輩が引き継いでやっていますけど、曳舟の駅前で毎週土曜日にやってました。その青空市をやっていたことで墨田ともつながりができたんです。

 それまでは、世田谷の農業大学にいて農家さんの分館みたいな感じで、結構頑張って売ってましたね」

――もともとは農業を志していたんですか。

 「そうですね。農業大学で農業の勉強したいと思ったときに、現地に行くのが大事だなぁと思って、現地によく行っていたんですけど、そのうちそこの村とつながりができて、福島県の鮫川村だったんですけど、そのままその村の農産物を販売する直売所みたいなのを収穫祭でやったりしていて、その流れですね。

 2011年は震災で大変で、1年間僕は鮫川村の職員になるんです。2012年ぐらいから朝市を真面目にやろうと思って、それと同時に自分の家をどうしようと思っているときにシェアハウスを始めて、だんだんこうなったという感じですね」

ヤバい状況の人に「とりあえずこいよ」と言える場所

 「家賃1万というのは、実験的にここまで落としたらどうなるんだろうっていうのがあって。自分が若いときに、そういう物件があったらいいなぁと思っていたことをやってるっていう感じですね。極端なことをやってみたいと思ってやってるんです。他のところではペイしないから、1万というのを打ち出しているわけじゃないんですけど、1万なら困っていてもなんとかなるかなと思ってやってるんです。

 1万っていうのはキャッチーなところではあると思うんですけど、どちらかというとヤバい状況になっている友達も多いので、『とりあえずこいよ』と言える場所があるといいなと思って。

 個室の場所だとなかなかできないんですよ。リスクが多過ぎちゃって。働いても働いても、空き部屋の家賃を僕が払い続けるみたいになるんで」

――ヤバい状況の人って、ブラック企業に勤めてる人とかですか。

 「そうですね。あとメンタルが落ち込んじゃってる子なんかも多くいるんで。雇用状況が、どんどん遣い捨てになってるじゃないですか。貯金ができないとヤバいと思うんですね。貯金みんなしろよとは言ってないですけど」

――いま、ここにいったい何人いるんですか。

 「14~15人ですね」

――そんな大勢の人が調和を保って暮らしているって、結構大変ですよね。

 「でも、どうなんですかね、俺が感じてないだけなのかもしれないけど」

 そばにいた住人の百田さんっていう人が、みんなでラップでディスり合っていると話してくれました。ラップで愚痴をむちゃくちゃ言って、相手からも言いたい放題返ってくるので、「あ、それ気をつけよう」と思うのだそうです。愚痴や不満をまず外に出してしまうというのは、仲良くする上で大事なことです。それをラップでやるっていうのがいいなぁと思いました。

 松浦さんは、シェアハウスで物がなくなったとか、金がなくなったとかしょっちゅう聞くけど、自分のシェアハウスではそういうことが1回も起こったことがないと言います。

 「みんな持ってないというのもあるかもしれないけど、結構すごいことだと思うんです。入ってるみんなが素晴らしいと思いますね」

――入ってくる人とは、一応松浦さんが面談してるんですか。

 「会っているんですけど、家がないって言うから連れてきちゃいましたっていう人がいたりして、「そっか、そっか」って言ってるうちに住民になっていくようなことがあったり、この前は、派遣先で見つけた人だっていうことでその人と会ったら、マルチ商法にハマっちゃっていて、「それをやめるんならぜひ入って」ということを話しに行ったりしました。そこらへんは入り口でしてますけど、基本的には受け入れる方が多いかなという感じですね」

――年齢的にはどうなんですか。

 「一番下が19歳で、一番上が42、3ぐらいですね。その一番年上の人は2極点で生活していて、仮宿みたいにして月に数回ぐらいしか来ないですね」

――なんか、家庭がうまくいってなくて逃げて来るような(笑)。

 「いま同棲している女性とうまくいかないから、逃げさせてくれっていうのはあったんですけど」

――隠れ家として1人になりたいっていっても、1人にはなれないですよね。

 「だから、瞑想部屋みたいなものを作った方がいいんじゃないかって話をしたんですけどね」

――この場所は、わりと自由に部屋が作れそうでいいですね。

管理人の松浦さんと住人の方々。

 ではいったい、シェアハウス「ハイチ跡」には、いったいどういう人たちが住んでいるのでしようか。後編は住人のみなさんをインタビューします。

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