社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2020.04.23

進化の速いウイルスに人類が打つ手はあるのか?

 2020年は、後世「新型コロナウイルスの年」と記憶されるような世界的流行の広がりを見せています。ウイルスの起源はどこにあるのか、なぜこれほど拡散したのかを通じて、人類の未来へのヒントをつかんでみましょう。

ウイルスはなぜ怖がられるのか

 ローマ教皇フランシスコは4月8日、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が、「生産と消費を減速させ、自然界について熟考するチャンスをもたらした」と述べました。進化生物学者の長谷川眞理子氏(総合研究大学院大学長)も、「ウイルスの話」を生物の長い進化史のなかの出来事として解説してくれています。

 ウイルスが恐れられるのは、遺伝情報を持っているが、自分では複製できないために、取りついた生物の細胞機能を搾取して自分を増やしていくためです。ウイルスに悪さをされた細胞が破られて外へ出ていくときに咳などの症状が出て、ウイルスはさらに別の宿主を標的にします。

 このようにして宿主からすれば感染、ウイルスからいえば複製が起こるのですが、ウイルスが生物なのかそうでないのかは、まだ決着がついていません。

 そもそも生物が誕生した約38億年前の段階で、ウイルスがすでに存在していたのか、それとも生物を利用するために出現したのかという点も、よく分かっていないのです。ただし、地球上の生物は、植物も動物も菌類も、何もかもがウイルスに「たかられている」ことが分かっています。

ウイルスの進化速度は、ワクチン開発への脅威

 あらゆる生物を標的とするウイルスですが、取り付く相手は非常に限られています。細胞の表面にある突起が合致する必要があるためです。たとえばインフルエンザウイルスは、鼻や喉といった気道の上皮細胞に取り付きますが、皮膚の表面や胃袋には取り付くことができません。鼻のあたりにくっついたウイルスも、飲み込んでしまえば無害になるのです。

 インフルエンザはもともとカモやアヒルなどの水鳥に感染するウイルスでした。が、ウイルスの進化速度は非常に速いため、水鳥からニワトリへ、ニワトリからブタへ、さらにブタからヒトに感染するようになったと言われています。また、進化するうちに、もともとの宿主に対してはそれほど被害を与えずに共生するのに、新しい宿主には強い毒性を発揮する鳥インフルエンザのような例も見られてきました。

 ブタやニワトリやカモが人間と一緒に暮らす風景は、今世紀に入ってからもカンボジアの田舎などへ行くと見られ、「これこそインフルエンザが始まった原風景だ」と長谷川氏は感じたと言います。

 ウイルスのなかでも「一本鎖RNAウイルス」と呼ばれるレトロウイルスは進化の速度が速いので厄介です。たとえばエイズを引き起こすHIVの進化速度は、宿主の細胞の百万倍です。有効性のあるワクチンを開発しようとしても、対抗するウイルス自身の情報が変化しているので始末に終えません。

 大きな被害をもたらす有名なウイルスのほとんどは、この一本鎖RNAウイルスです。HIV、コロナウイルス、SARS、エボラウイルス、インフルエンザウイルス、ノロウイルスなどが代表として挙げられます。

「石けんの手洗い」が有効な理由

 ウイルスは宿主の細胞を乗っ取って自らの複製を試みますが、宿主もやられっぱなしではありません。対抗する手段が免疫システムです。免疫が働いて戦っていると発熱などの症状が起こり、体力を非常に消耗します。免疫システムが十分働いている人は強く、免疫の弱っているお年寄りや持病のある人がウイルスの侵入に弱いのは、そのせいです。

 また、ウイルスの中には「エンベロープ(封筒)」を持つタイプがあります。遺伝子情報を皮膜が包んでいるのです。今回の新型コロナウイルスもその仲間で、エンベロープはリン脂質でできているので、アルコール消毒や石けんによる手洗いで効果的にウイルスをやっつけられます。鳥インフルエンザの流行を機に、肉などを食べるときは加熱が必要なことも分かりました。

グローバル社会において問われる選択の姿勢

 いずれにせよ、ウイルスがどんどん変化する一方、現在のグローバル社会では多くの人が日々あちこちに移動を続けています。人類が行動と欲望の満足の間でどのように折り合いをつけるか、有効な阻止方法をどうすれば実践できるかが問われている、と長谷川氏は言います。

 グローバル化のマイナス側面としてのパンデミックによって、私たちは過去と未来の両方向を見据える選択の姿勢を迫られているのでしょう。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

日本の外交には「インテリジェンス」が足りない

日本の外交には「インテリジェンス」が足りない

インテリジェンス・ヒストリー入門(1)情報収集と行動

国家が的確な情報を素早く見つけ行動するためには、インテリジェンスが欠かせない。日本の外交がかくも交渉下手なのは、インテリジェンスに対する意識の低さが原因だ。日本人の苦手なインテリジェンスの重要性について、また日...
収録日:2017/11/14
追加日:2018/05/07
中西輝政
京都大学名誉教授 歴史学者 国際政治学者
2

ルソーの「コスモポリタニズム批判」…分権的連邦国家構想

ルソーの「コスモポリタニズム批判」…分権的連邦国家構想

平和の追求~哲学者たちの構想(4)ルソーが考える平和と自由

かのジャン=ジャック・ルソーも平和問題を考えた一人である。個人の「自由意志」を尊重するルソーは、市民が直接参加して自分の意思を反映できる小さな単位を基本としつつ、国家間紛争を解決する手段を考えた。「自由の追求」に...
収録日:2025/08/02
追加日:2025/12/16
川出良枝
東京大学名誉教授 放送大学教養学部教授
3

夜まとめて寝なくてもいい!?「分割睡眠」という方法とは

夜まとめて寝なくてもいい!?「分割睡眠」という方法とは

熟睡できる環境・習慣とは(4)起きているときを充実させるために

「腸脳相関」という言葉がある。健康には腸内環境が大切といわれるが、腸で重要な役割をしている物質が脳にも存在することが分かっている。「バランスの良い食事」が健康ひいては睡眠にも大切なのは、このためだ。人生は寝るた...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/12/14
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
4

『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏のすごさ…波へのこだわり

『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏のすごさ…波へのこだわり

葛飾北斎と応為~その生涯と作品(2)『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏への道

役者絵からキャリアを始め、西洋の画法を取り入れながら読本の挿絵を大ヒットさせた葛飾北斎。その後、北斎が描いていった『北斎漫画』や浮世絵などの数々は、海外に衝撃を与えてファンを広げるほどのものになっていく。60代は...
収録日:2025/10/29
追加日:2025/12/06
堀口茉純
歴史作家 江戸風俗研究家
5

なぜ空海が現代社会に重要か――新しい社会の創造のために

なぜ空海が現代社会に重要か――新しい社会の創造のために

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(1)サイバー・フィジカル融合と心身一如

現代社会にとって空海の思想がいかに重要か。AIが仕事の仕組みを変え、超高齢社会が医療の仕組みを変え、高度化する情報・通信ネットワークが生活の仕組みを変えたが、それらによって急激な変化を遂げた現代社会に将来不安が増...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/12