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DATE/ 2020.05.29

第二の人生を「人生を二度生きた」伊能忠敬に学ぶ

 人生100年時代、第二の人生をよりよく生きるために「セカンドキャリア」をどうすべきかが注目されています。今から200年以上も前の江戸時代後半、「人生を二度生きた男」の異名をとった伊能忠敬、さらに彼をモデルとした小説を書いた現代の作家のことをちょっと探究してみるのはいかがでしょうか。

前半生は婿養子として家の繁栄に尽くした忠敬

 伊能忠敬といえば、日本各地を歩いて精密な日本地図を残した功績が小学生にも知られる偉人です。しかし、彼の人生は決して「その道一筋」ではなく、73年の生涯の前半50年とその後では、まったく別人のように見えるほどです。「人生五十年」といわれた時代に50歳を過ぎて学問を目指した忠敬は、前半生に蓄えた知恵や経歴をどのように後半の活躍への布石としていったのでしょうか。

 忠敬の前半生は、佐原村の村役人も務める「伊能家」のために費やされました。4歳上で前夫との息子を守る家付女房の元へ養子に入ったのは満17歳のとき。最初は食事も妻とは別で、使用人と一緒に取らされる待遇でしたが、忠敬はくさらず家業に精を出します。換価作物に力を入れ、酒造では江戸にも支店を出すなど、利根川水運を利用して傾いた家運を立て直しました。

 名主としても有能だった彼は、天明の飢饉では私財を投げ打って住民の救済を行い、その功により後年名字帯刀を許されます。この頃までに築き上げた信頼が、後半生の役に立ったのは言うまでもありません。

50歳で隠居、55歳で蝦夷地を歩き出す

 忠敬が隠居して家督を息子に譲ると宣言し、前々から趣味として独習していた暦や数学を教わるために江戸へ出たのは50歳。幕府天文方である高橋至時の弟子になりたいと願っていましたが、なんといっても「五十の手習い」。単なる素人を受け付けてはくれないだろうと、当時は珍しかった外国製の測量器具などを束脩として収めることを考えます。

 このとき、快く費用を出したのが、33年間苦楽を共にしてきた家付娘だった妻。今でいえば、まったく畑違いの分野で起業しようとする部下に対して、前の職場の上司が出資しようとするようなものです。前半生の苦労と実績が報われ、第二の人生への幸せなスタートが切られたといえるでしょう。

 このようにして学問を始め、最初に蝦夷地へ測量に向かうのが55歳です。以来、忠敬は10次にわたる測量に参加し、日本全国津々浦々の海岸線を中心に歩き続けます。彼は73歳で亡くなるのですが、測量完了後、『大日本沿海輿地全図』と名づけられた地図が完成するまでの3年間、彼の死は弟子たちによって秘匿されたといいます。「忠敬が死んだ」ということで、地図の作成が中断させられることを恐れたためです。このように、自分の志を継いでくれる者、仕事を完成させてくれる者を育てておくことも、やはり肝心なのではないでしょうか。

公僕を退き51歳で作家に転身した童門冬二の座右の銘

 一方、『伊能忠敬──日本を測量した男』(河出文庫)の著者である童門冬二氏は、地方公務員として勤め上げ、秘書を務めた美濃部東京都知事が退任すると同時に退職して、作家専業となったキャリアの持ち主。都庁を退いたときは51歳になっていましたが、広報やパブリシティを担当した経験がものを言い、役所時代から顔を合わせていたジャーナリストたちが仕事の世話をしてくれたと言います。

 童門氏の場合、31~32歳で書いた小説が芥川賞候補となるほどの実績を持ちながら、落選を機に筆を折り、公務員生活に専念したという履歴があります。

 「第二の人生」を輝かせるためには、自分がもともと好きなことをやる「資格」、それをするための「資金」、専念する「時間」が必要。童門氏は伊能忠敬と自らのケースを重ねあわせ、前半生をそのための支度の期間だったと呼びます。

 「退職金をネタに一発勝負に出よう」と思う方もいるかもしれませんが、童門氏の勧めるのは、とにかくコツコツと準備をすること。二宮金次郎の言葉では「積小為大」といいますが、時間と根気と努力を養うことが後半生に生かされます。そこで培った縁や技能など、何が「第二の人生」へのきっかけとなるかはわかりません。

 そして、いざというときに勇気と希望を持って進むために童門氏が大切にしているのが、「青春とは心の若さである」という松下幸之助の言葉です。心の若さを測るバロメーターは好奇心。目標に関わるか否かは別として、好奇心こそが自らのバネであり、肥料であり、モチベーションだと童門氏は教えてくれました。
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