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DATE/ 2024.12.25

「高齢者はキレやすい」は本当か?

 年をとると忘れっぽくなると同時に、怒りっぽくなる。ときには怒鳴ったり、手を出してしまったりすることもある。これはよく耳にする話です。スーパーの混み合うレジに並んでいると、何やら大声で店員に文句を言う高齢者を少なからず見かけます。

 では、本当に「高齢者はキレやすい」のでしょうか。もし、そうだとしたら、そうした高齢者に対して、どのように接すればよいのでしょうか。この問題について、名古屋大学大学院情報学研究科教授である川合伸幸先生のお話をもとに考えていきたいと思います。

「キレる高齢者増加」の背景を正しく把握する

 まずは数字からですが、65歳以上の高齢者が犯罪、暴力行為に及んで検挙される件数を調べると、2006(平成18)年以降増えています。2016(平成28)年度は65歳以上の検挙者が47,000人、全体の21パーセントを占めているというデータもあります。これは20年前に比べると実に3.7倍に相当するというから、驚きの数字です。犯罪のなかでも、高齢者の場合、暴行、傷害の件数がかなり増えているため、一時はマスコミでも盛んに「キレる!高齢者」「辛抱できない高齢者」などと書きたてました。

 しかし、川合先生は実数比較だけでは実態を見誤る場合がある、と指摘します。つまり、日本の人口分布を考慮し、「減少する若者世代、増加する高齢者」という背景のもと、この問題を考える必要があるということです。この点を踏まえたうえで、1995(平成7)年から2015(平成27)年までの各年の人口10万人当たりの一般刑法犯検挙数をみると、実は2006(平成18)年を境に高齢者の検挙率が減っていることが分かります。高齢者の犯罪が増えたように見えるのは、実は高齢者人口増加という要因によるものだったのです。

高齢者の怒りは前頭葉の機能の衰えに原因がある

 たしかに、人口分布の変化は見逃せない要因ではありますが、しかし、高齢者がちょっとしたことですぐに怒って、暴言を吐いたり相手を叩いたりというケースが少なくないことも事実。いわゆる抑制がきかない状態に陥って、つい言葉や動作に怒りが出てしまうのです。

 これは、加齢とともに前頭葉の機能が衰えてくるからだ、と川合先生は言います。前頭葉は、思考・判断・計画・抑制といった合理的な判断を司る大事な役目を担っていますが、加齢によってこの働きが鈍ってしまうのです。そうなると、正常な判断がしにくくなったり、抑制機能はうまく働かなくなったりするので、ついつい手が出てしまったり、あるいは、以前なら待てていたことも待てなくなったり、やたらせっかちになったりする、といった傾向が見られるそうです。

脳は体の状態にだまされることがある

 では、身近なところでキレる高齢者と遭遇した場合、どのように対処すればよいのでしょうか。

 通常、怒ったときの体と脳の状態は一致していますが、体と脳の状態を意図的に一致させないようにすると、脳が体の状態にだまされることがあると、川合先生は言います。例えば、左手を強く握ると、右手を強く握ったときより、怒りが弱くなる。これはどういうことかというと、右手を握ると怒りを感じたときと同じように左の前頭葉が活性化するのですが、左手を握ると右の前頭葉が活性化し、怒りを感じているときとは逆の状態になるからだといいます。

 また、怒ったときに左の前頭葉が活性化するのは、気持ちが前のめりになっていることを反映しているので、「体を前のめりとは逆の状態」にすると、あまり怒りを感じないそうです。他にも、謝罪の言葉を聞くと、怒りによる不快感は消えませんが、謝罪相手への攻撃性は弱まるという実験データも出ています。

 いずれにしても、加齢はどんな人にもおとずれます。加齢によって、脳の機能が衰えるのは仕方のないことかもしれません。こうした脳と体の関係、仕組みを理解しておくと、例えば身近に怒っている高齢者がいたときの対処の仕方も変わってくるのではないでしょうか。
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