●「怒り」を感じたときの脳と体の反応
今回は、「怒り」の仕組みと体の反応について説明します。
私たちは、怒ったときに体の変化を感じます。怒った状態を表す「頭に血が上る」という表現があります。辞書によれば、「感情が昂ぶり、冷静さを失う。逆上する。かっとなる」という意味です。また、「怒髪天を衝く」と表現することもあります。どちらも、激しい怒りが頭部に現れることを表現しています。実は、この表現は単なる比喩でなく、実際に怒りを感じたときの身体の状態をうまく言い表しています。
例えば、怒ったときには、心拍や呼吸が早くなることを自覚できます。そのような変化は自律神経系にはっきりと現れます。平静状態にくらべて心拍数、皮膚の表面温度、皮膚電気抵抗(発汗量)のいずれも上昇します。
このような自律神経系の活性パターンにはそれぞれ意味があります。簡単にいうと、怒りを感じるということは、他者を攻撃しようとする状態になっていることを意味します。心拍を速めて、身体に多くの血液を送ることで、筋肉の細胞に酸素を与えて、すぐにでも飛びかかれる状態とし、発汗を増やすことで、捕まえた相手を逃がさないようにしているのです。このような身体状態の変化は、怒りの原因になった相手を攻撃できる状態にするためのものです。このような状態の変化は脳の活動にも現れます。
私たちが人やモノに対して接近したいと感じるときと、逆に遠ざかりたいと感じるときとでは、前頭葉の神経活動が左右非対称になることが知られています。例えば、かわいい赤ちゃんを見る、あるいはおいしそうな食べ物を見ると、それに近づきたいと感じます。このような場合には、左前頭葉の脳波の電位が優勢になります。
逆に気持ち悪いモノや怖いモノを見ると、そこから遠ざかりたいと感じます。そのような場合には、右の前頭葉の神経活動が優勢になります。悲しい、怖いといった不快な情動では右脳の前頭葉が活性化しますが、これはその状況から逃げ出そうとする気持ちを反映しているのです。
しかし、同じ不快な感情でも、怒りを感じたときには、好きなモノを見たときと同様に左前頭葉が活性化します。その理由は、腹の立つ相手に接近しようとする気持ちが反映されているためです。つまり、体の状態を反映する自律神経系も、中枢神経系の脳も、怒っているときには相手に接近しようとしているのです。
●脳は体の状態にだまされる
普通の状態では、怒ったときの体と脳の状態は一致しています。しかし、体と脳の状態を意図的に一致させないようにすると、脳が体の状態にだまされることがあります。例えば、左手を強く握ると、右手を強く握ったときより、怒りが弱くなります。これは、右手を握ることによって怒りを感じたときと同じように左の前頭葉が活性化し、左手を握ると右の前頭葉が活性化し、怒りを感じているときとは逆の状態になるためです。
ある実験で、大学生に小論文を書かせて、隣の人と小論文に点数をつけあいました。実は片方の人は実験者の仲間で、わざと低い点数をつけて、「教育を受けた人間がこのような考え方をするなど、とても信じられません。この人にはもっとしっかりと学んでほしいと思います」と侮辱した評価をつけたのです。このひどい評価が下されたときに、半数の大学生には右手を強く握って評価を読んでもらい、残りの半数には左手を強く握って読んでもらいました。右手を握って読んだときの脳の状態は怒りを感じた場合と一致していますが、左手を握っているときは一致していませんでした。
その後、評価を交換した二人で早押しクイズをしました。勝った方は負けたほうに、不快な爆音を与えることができます。爆音の強さや長さは、好きなように調整できます。その結果、右手を握って評価を読んだ大学生のほうが、左手を握って読んだ大学生よりも、相手に強い攻撃を与える傾向があったのです。この攻撃の程度は、評価を読んでいるときの左脳の活性化の度合いに対応していました。つまり、怒っているときに右手を握るとより腹が立ちますが、一方で左手を握ると脳が怒りの状態ではなくなったために、他人への攻撃が弱くなったと考えられます。
体の状態にだまされて、怒りが弱まる例は他にもあります。怒ったときに前頭葉の左側が活性化するのは、気持ちが前のめりになっていることを反映しています。したがって、「体を前のめりとは逆の状態」にすると、あまり怒りを感じません。海外で行われたものと同じ実験を、テレビの撮影で実施してみました。
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