●幼少期のセルフコントロール能力によって大学入試の成績が予測できる
今回は、怒りを抑えるその他の方法について説明します。
怒りを鎮めるのは、抑制機能の働きです。抑制機能と関連して注目されているのが、「セルフコントロール」です。セルフコントロールとは、将来のより大きな成果のために、自己の衝動や感情をコントロールし、目先の欲求を辛抱する能力を指します。「自制心」といい換えることもできるでしょう。
例えば、腹が立ったときに、相手を罵倒すれば気が済むかもしれません。しかし、そのために相手との関係まで失ってしまうと、大きな損失になることがあります。生活の中では、目先の利益にとらわれず、長期的な利害を考えて行動する必要があります。そのような長期的な利得の計算をするからこそ、理不尽な態度や言葉に腹を立てても我慢するのです。
この、長期的な利益のために我慢するというセルフコントロールの能力は個人によって異なります。日本ではほとんど注目されていませんが、米国ではセルフコントロールが、非常に重視されています。なぜなら、およそ50年にもおよぶ研究の成果によって、幼少期のセルフコントロール能力によって大学入試の成績が予測できると分かったからです。
子どものセルフコントロール能力は、「マシュマロテスト」と呼ばれる方法で測定されます。まず、実験者以外には机とイスしか置いていない部屋に、子どもがひとりで入ります。机にはマシュマロが一つ乗ったお皿が置いてあります。実験者は、つぎのようにいって部屋を出て、子どもを一人にします。
「ちょっと用事があるので、出かけます。そのマシュマロを食べても良いですが、15分間、食べるのを我慢できれば、もう一つマシュマロをあげます。わたしがいないあいだに食べてしまった場合には、二つめはありません」。その後、実験者が部屋を出た後の子どもの行動を観察します。何もすることのない部屋で、お菓子を目の前にして一人で待つのは非常に難しいのです。子どもは我慢するために、さまざまなことをして気を紛らわせます。しかし、4、5歳の子どもであれば、最後まで食べないで我慢できるのは全体の3分の1ほどです。我慢できずに食べてしまった残りの子どもは、マシュマロを食べるまでの時間がこのテストの指標とされます。
最初の追跡調査は、15年後に行われました。その結果、就学前の自制心の強さの違いが、15年後も維持されていました。テストにおいてマシュマロを食べた子どもと、食べなかった子どもを比較すると、マシュマロを食べなかった子どもたちは、周囲から「優秀」と評価されていました。さらに米国の大学共通テストの総合点も、食べなかった子どもは食べた子どもより、およそ10パーセントも高かったのです。米国では、知能指数よりも自制心(セルフコントロール)のほうが重視されています。その後もさらなる追跡調査が行われ、この得点は卒業後の年収にも影響することが判明しました。
1歳3カ月の乳児を対象にした類似の研究も行われています。一般的に、この年齢の乳児は何も話せません。自分で回答できないので、親に「赤ちゃんは何かをする前にどのくらいの時間、考えている感じですか?」などのいくつかの質問をして、その回答が得点化されます。この乳児たちが学校に入ってから追跡調査が行われました。
驚くことに、乳児のときのセルフコントロールの得点、つまり自制心の強さが、小学校に入ってからのルール遵守などと関連していました。1歳頃に自制心が強かった乳児は、学校に入ってからもよくルールを守る傾向があるのです。対して、1歳頃に自制心が弱い乳児は、大人が人形をたたいていじめているのをマネする傾向がありました。このように、幼い頃の自制心は、学校での生活態度や、大学入試の成績、後の収入にも関連するのです。
●セルフコントロール能力は鍛えることができる
幼少期にセルフコントロール能力の違いがあるのは、遺伝によるものでしょうか、あるいは環境によるものでしょうか。遺伝と環境の効果を独立に見るのは難しいので、どちらが大事なのか、この問いにはまだ答えが出ていません。どちらにしても、ある人の自制心の能力は、乳児の段階で決まってしまい、その後は変えられないのでしょうか。
米国では、暴力犯罪を犯す人は自制心が低いと考えられており、セルフコントロール能力を鍛える訓練が実施されています。一般の人を対象とした先行研究でも、毎日セルフコントロールを高める訓練をすると、能力が伸びることが示されています。ある研究では、参加者は二週間利き手ではない手を使うように指示されました。コンピューター・マウスの操作や、コーヒーをかき混ぜること、ドアの開け閉めなどのあらゆる細かいことを、全て利き手ではないほうの手でしなければなり...