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認知機能を高めるのに必要なのは脳トレではなく有酸素運動

「怒り」の仕組みと感情のコントロール(5)認知能力の鍛え方

川合伸幸
名古屋大学大学院情報学研究科教授
概要・テキスト
近年、「脳トレ」という脳の認知機能向上を目指したトレーニングが話題となっているが、これまでの研究の結果、脳トレが日常の生活に必要な能力の向上に寄与することはほとんどないことが分かっている。むしろ、ウォーキングなどの有酸素運動を通じて、代謝や神経伝達物質の伝達効率を上げたほうが認知機能の維持、改善には効果的で、そうすると抑制能力が高まり、怒りを抑えやすくなる。(全5話中第5話)
時間:11:30
収録日:2020/11/10
追加日:2021/03/24
≪全文≫

●脳トレの効果は日常生活にはほとんどない


 今回は、認知能力の鍛え方についてお話します。

 最近、「脳トレ」という言葉をよく耳にします。今では辞書に載るほど一般的になりました。脳トレとは、計算や漢字ドリルを通じて、脳の認知機能全体の向上を目的としたトレーニングです。脳トレがここまで市民権を得たのは、「トレーニング」という言葉をうまく用いたからだと思います。

 トレーニングという言葉を聞くと、無意識のうちに身体のトレーニングをイメージするかと思います。身体、特に筋肉は加齢とともに衰えますが、何歳になっても鍛えれば鍛えるほどしなやかで強靭になります。そして、身体を鍛えると筋肉がつくだけでなく、心肺機能も高まり、負荷をかけることで骨も強くなります。トレーニングという言葉を聞くと、脳の働きにも同じような効果が出ることを期待するかと思います。

 トレーニングの効果は鍛えた特定の部位だけでなく、身体全体に及ぶこともあります。同様に、何歳からでも、むしろ高齢者ほど、漢字や計算能力向上のための脳のトレーニングを通じて、特定の認知機能だけではなく、認知能力全体が高まるかのような「錯覚」を覚えるのではないでしょうか。はたして、脳トレに効果はあるのでしょうか。

 最近では脳トレに関する数多くの本やゲームが売られていますが、最初の研究は米国の大規模臨床研究でした。30年以上前の米国では、いわゆるデイサービスにくる人の半数と、居住型の介護施設にいる75パーセント以上の人が65歳以上の高齢者でした。財政的な負担をかかえていた米国は、「認知機能を訓練することで、高齢者が自律的な日常生活を送れるようになるのではないか。そのことによって、財政的な負担を減らせるのではないか」と考え、調査を行いました。

 65歳以上の高齢者2800人が調査の対象となりました。平均年齢は75歳です。まず、これらの人の認知能力と生活能力を調べて、この2つに偏りが出ないように4つのグループに配分しました。これらのグループは、(1)記憶訓練を受けるグループ、(2)推論の訓練を受けるグループ、(3)処理速度の訓練を受けるグループ、(4)何も受けないグループです。

 半年間、それぞれの機能の訓練を受けた結果、訓練された能力は向上しました。つまり、記憶の訓練を受けた人は、記憶力は高い水準で維...
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