●脳トレの効果は日常生活にはほとんどない
今回は、認知能力の鍛え方についてお話します。
最近、「脳トレ」という言葉をよく耳にします。今では辞書に載るほど一般的になりました。脳トレとは、計算や漢字ドリルを通じて、脳の認知機能全体の向上を目的としたトレーニングです。脳トレがここまで市民権を得たのは、「トレーニング」という言葉をうまく用いたからだと思います。
トレーニングという言葉を聞くと、無意識のうちに身体のトレーニングをイメージするかと思います。身体、特に筋肉は加齢とともに衰えますが、何歳になっても鍛えれば鍛えるほどしなやかで強靭になります。そして、身体を鍛えると筋肉がつくだけでなく、心肺機能も高まり、負荷をかけることで骨も強くなります。トレーニングという言葉を聞くと、脳の働きにも同じような効果が出ることを期待するかと思います。
トレーニングの効果は鍛えた特定の部位だけでなく、身体全体に及ぶこともあります。同様に、何歳からでも、むしろ高齢者ほど、漢字や計算能力向上のための脳のトレーニングを通じて、特定の認知機能だけではなく、認知能力全体が高まるかのような「錯覚」を覚えるのではないでしょうか。はたして、脳トレに効果はあるのでしょうか。
最近では脳トレに関する数多くの本やゲームが売られていますが、最初の研究は米国の大規模臨床研究でした。30年以上前の米国では、いわゆるデイサービスにくる人の半数と、居住型の介護施設にいる75パーセント以上の人が65歳以上の高齢者でした。財政的な負担をかかえていた米国は、「認知機能を訓練することで、高齢者が自律的な日常生活を送れるようになるのではないか。そのことによって、財政的な負担を減らせるのではないか」と考え、調査を行いました。
65歳以上の高齢者2800人が調査の対象となりました。平均年齢は75歳です。まず、これらの人の認知能力と生活能力を調べて、この2つに偏りが出ないように4つのグループに配分しました。これらのグループは、(1)記憶訓練を受けるグループ、(2)推論の訓練を受けるグループ、(3)処理速度の訓練を受けるグループ、(4)何も受けないグループです。
半年間、それぞれの機能の訓練を受けた結果、訓練された能力は向上しました。つまり、記憶の訓練を受けた人は、記憶力は高い水準で維...