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DATE/ 2022.03.08

現代の病気を進化医学から考えてみた

人類の進化という観点でみると、現代社会における病気や健康についてどのように考えるべきでしょうか。

長谷川眞理子氏(総合研究大学院大学長)によると、人類の生活環境が大きな変化を遂げたことで、病気のあり方も大きく変わったといいます。また、実は感染症による危ない病気は近年発生したものばかりだとも。はたして、どのようなことなのでしょうか。長谷川氏の話をもとに考えていくにしましょう。

私たちの体がどんな状況で進化してきたのかを考える必要がある

まず人間の病気を大別して4つを挙げると、長谷川氏はいいます。

・感染症:溶原菌、ウイルスなどが人に寄生して起こる疾患
・生活習慣病:現代の生活習慣、食事の構成などに起因する疾患
・遺伝疾患:特定の遺伝子変異によって引き起こされる疾患
・がん:細胞の増殖の変異にかかわる疾患。年齢とともにリスクが上がる

そのうえで指摘するのは、「私たちの体がどんな状況で進化してきたのかを考える必要がある」ということ。ただし、そのような「進化医学」の研究が進んだのは1990年代以降と、比較的新しいことなのです。

長谷川氏は、こう話します。

《私たちの体のいろいろなつくりや機能は、文明生活、すなわち先進国の快適な環境下で進化したわけではありません。何万年、何十万年、何百万年にわたる人類の暮らしに適応して、この体ができたのです。
そういう人類進化史の中で、ヒトが暮らしていた環境とは、どんなものだったのかをまず知らなければいけません。
文明によって変わってきた環境は、もとの環境とはかなりずれてきていて、それによっていろいろなことが生じていることは、やはり知っておいたほうがいい》

その「ずれ」が病気にも大きく関わっているのです。人類が地球上に生まれてからこれまでの期間の99パーセントは狩猟採集生活でした。現在のような文明生活に入ったのは、実はごくごくわずかな期間。そう考えれば、人間の体が適応できていない部分もあるのも当然であると思えてきます。

人類がチンパンジーから分かれたのは約600万年前、ホモサピエンスが生まれたのは約20万~30万年前、さらに産業革命が起きたのは約150年……と人類史の流れを見ていくと、とても多くのことを考えさせられます。

生活習慣病を予防するために必要なこと

さらに、実は感染症のうち「危険」とされているものの大部分が19世紀末以降のものだと長谷川氏は指摘します。厚労省が感染症1類~4類の指定をしていますが、それを見ると、まさにその通りで驚くばかりです。

そして、現代生活において、私たちがもっともに気になるのは生活習慣病についてではないでしょうか。先ほど紹介したように、これまでの長い歴史で培ってきた人類の身体の特性と、現在の生活が、まったく適応していないのです。昔に比べて歩かなくなっていることもそう。昔に比べて陽に当たることが少なくなっていることもそう。昔に比べて細かい字を読むようになっていることもそう。昔に比べて遅くまで寝なくなっていることもそう。

たとえば人類は、狩猟採集生活で歩き回るように身体の構造ができています。それを考えると、やはり1日に7000歩~14000歩、1週間で10万歩をめざすべきだといいます。

さらに食事については、超加工食品に警鐘を鳴らし、あるべき食生活として「いろいろな種類のものをたくさん食べることが大切」だと長谷川氏は話します。

現代生活のおかしさはどこにあるか。また、生活のなかで、何に気をつけ、何をすべきなのか。人類の進化という観点からみていくことで、そのことをとても深く考えるきっかけになるはずです。これからの暮らし、体や健康への意識を変える大きな転機となるかもしれません。
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