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学校の教科書にない面白さ!『大人のための生物学の教科書』
2023年のノーベル生理学・医学賞を受賞したのは新型コロナウイルスの「mRNAワクチン」の開発に貢献したカタリン・カリコ氏とドリュー・ワイスマン氏の二人でした。このニュースを聞いたとき、みなさんは「mRNAワクチンって何? 他のワクチンとどう違うの?」と思いませんでしたか。
こういった科学的知識や背景がわかると、日々のニュースや会話で取り上げられる科学的あるいは生物学的・医学的話題を理解できるようになり、もっと楽しくなります。そのために最適なのが、今回ご紹介する『大人のための生物学の教科書 最新の知識を本質的に理解する』(石川香・岩瀬哲・相馬融著、ブルーバックス)です。
本書は生物学の基本的なことから最新の話題までを幅広く扱った画期的な教科書です。内容は高校レベルから大学レベルまでをカバーしており、コラムや図版も豊富で楽しく読むことができます。
「生物」の勉強と聞くと、暗記科目というイメージを持つ人がいるかもしれません。実際、試験勉強で多くの用語を覚えるのに苦労した人も多いのではないでしょうか。
ですが、「生物学の核心は生き物の基本原理を知ることにある」と著者の一人である石川香氏はいいます。用語の説明や定義の羅列ではなく、「なぜそうなるのか(Why)」「どのように決まるのか(How)」が生物学を学ぶうえで最も重要であり、面白いところなのです。本書の記述はそこに主眼が置かれています。
そのため、本書には通常の教科書ではあまり紹介されないお話やネタ的なお話も豊富に含まれています。タイトルにある「大人のための」とは、受験や試験のプレッシャーがない人が、楽しみながら学ぶことができるという意味なのです(もちろん、大人未満の学生が読んでも楽しくお読みいただけると思います)。
本書の章立てはまず空間軸の視点で、小さいものから大きいものへと進みます。そして、それぞれの章では時間軸に沿って説明が展開されます。最後の章「生物界の時間的・空間的な広がりを考える」では、この2つの軸が交差し、広大な生物学の全体像を俯瞰するという仕組みになっています。
本書の具体的な内容を章立てに沿って見ていきましょう。まず第1章は「細胞から分子レベルの生物学」から始まります。生物の基本単位である細胞や、その中での微細な分子の動き、DNAやタンパク質の役割、光合成のメカニズムなどが解説されます。
次に、第2章「個体の継承と形成に関する生物学」では、遺伝の仕組みや、減数分裂の原理、バイオテクノロジーの最前線についても触れられています。
続く第3章「個体の維持に関する生物学」では、生命を維持するためのさまざまなメカニズムについて焦点が当てられています。血液の役割や、肝臓の働き、そして生物の中枢である脳の仕組みについても詳しく説明されています。
第4章「生物の集団レベルの生物学」では、個体を超えた生物のコミュニティ、生態系の動きや生物界全体のマクロな視点からのアプローチが展開されます。
そして、最終章「生物界の時間的・空間的な広がりを考える生物学」では、進化の歴史や、生物の分類、そしてそれらがどのように時間や空間を通じて広がってきたのかについて考察されています。
多くの生物は「二倍体」つまり、相同染色体を2本ずつ持つ形態を取ります。しかし、バナナは「三倍体」という、通常の二倍体とは異なる独特な生物です。この三倍体は、通常の細胞分裂は問題なく行えるものの、減数分裂のときに染色体の対合がうまく行かず、結果として種子を持たない果実を生み出します。
この特性がバナナを非常に食べやすいフルーツにしてくれているのです。他にも、種なしスイカや種なしブドウなどの生物学的背景についても触れられており、普段食べているフルーツについてより理解が深まります。
具体的には、コロナウイルスが細胞に感染するときに使うスパイクタンパク質のもとになるmRNAを、細胞に取り込ませ、体内でスパイクタンパク質を作り出し、それによって免疫応答を促します。こうして体内で抗体が作られ、本物のウイルスに感染したとき即座にウイルスを攻撃できるという仕組みです。
このワクチンは、開発時間の短縮や大量生産の容易さというメリットを持っており、新型コロナウイルスのパンデミックを受けてその実用性が証明されました。実は、その基盤となる研究は1990年頃から進められていたもので、およそ30年後のパンデミックがこの技術を実用化へと導いたのだといいます。
石川氏は高校を卒業後、筑波大学で博士号を取得し、武田薬品工業株式会社医薬研究本部研究員を経て、現在は筑波大学の助教として活躍しています。岩瀬氏は同じく筑波大学で学位を取得後、現在は理化学研究所で環境資源科学研究センター上級研究員をされています。
相馬氏は、これまで千葉県内の公立高校4校・私立高校・看護学校で40年以上生物を教えてきたベテランの教員です。相馬氏は、教え子たちと本を作る日々を「最高に楽しい時間」だったと語っており、この3人の「溢れる生物愛」が本書全体を貫いており、類書にない魅力を放っています。
この本を読めば、きっとみなさんも著者たちと一緒にこう言うことでしょう。――「生物学は、面白い」と。
こういった科学的知識や背景がわかると、日々のニュースや会話で取り上げられる科学的あるいは生物学的・医学的話題を理解できるようになり、もっと楽しくなります。そのために最適なのが、今回ご紹介する『大人のための生物学の教科書 最新の知識を本質的に理解する』(石川香・岩瀬哲・相馬融著、ブルーバックス)です。
本書は生物学の基本的なことから最新の話題までを幅広く扱った画期的な教科書です。内容は高校レベルから大学レベルまでをカバーしており、コラムや図版も豊富で楽しく読むことができます。
「生物」の勉強と聞くと、暗記科目というイメージを持つ人がいるかもしれません。実際、試験勉強で多くの用語を覚えるのに苦労した人も多いのではないでしょうか。
ですが、「生物学の核心は生き物の基本原理を知ることにある」と著者の一人である石川香氏はいいます。用語の説明や定義の羅列ではなく、「なぜそうなるのか(Why)」「どのように決まるのか(How)」が生物学を学ぶうえで最も重要であり、面白いところなのです。本書の記述はそこに主眼が置かれています。
そのため、本書には通常の教科書ではあまり紹介されないお話やネタ的なお話も豊富に含まれています。タイトルにある「大人のための」とは、受験や試験のプレッシャーがない人が、楽しみながら学ぶことができるという意味なのです(もちろん、大人未満の学生が読んでも楽しくお読みいただけると思います)。
「時間」と「空間」の軸で俯瞰する生物学
本書は、生物学の教科書としては一風変わった章立てになっています。相馬融氏はレヴィ・ストロースが膨大な神話群を整理したときの手法、つまり構造主義の手法を参考にしたといいます。そうして、生物の多様性を「時間」と「空間」の2つの軸で解き明かすという興味深い構成になったのです。これは、相馬氏が以前教員として携わっていた高校の生物学教育における断片的なカリキュラムに疑問を抱いたことから、一貫性のある生物学のストーリーを描こうとした結果、生まれたものでした。本書の章立てはまず空間軸の視点で、小さいものから大きいものへと進みます。そして、それぞれの章では時間軸に沿って説明が展開されます。最後の章「生物界の時間的・空間的な広がりを考える」では、この2つの軸が交差し、広大な生物学の全体像を俯瞰するという仕組みになっています。
本書の具体的な内容を章立てに沿って見ていきましょう。まず第1章は「細胞から分子レベルの生物学」から始まります。生物の基本単位である細胞や、その中での微細な分子の動き、DNAやタンパク質の役割、光合成のメカニズムなどが解説されます。
次に、第2章「個体の継承と形成に関する生物学」では、遺伝の仕組みや、減数分裂の原理、バイオテクノロジーの最前線についても触れられています。
続く第3章「個体の維持に関する生物学」では、生命を維持するためのさまざまなメカニズムについて焦点が当てられています。血液の役割や、肝臓の働き、そして生物の中枢である脳の仕組みについても詳しく説明されています。
第4章「生物の集団レベルの生物学」では、個体を超えた生物のコミュニティ、生態系の動きや生物界全体のマクロな視点からのアプローチが展開されます。
そして、最終章「生物界の時間的・空間的な広がりを考える生物学」では、進化の歴史や、生物の分類、そしてそれらがどのように時間や空間を通じて広がってきたのかについて考察されています。
バナナに種がないのはなぜ?
また、解説の合間に盛り込まれているコラムはどれも面白く、生物学を学ぶうえでの一服の清涼剤になっています。例えば、「バナナは三倍体」というコラムでは、私たちがよく知るフルーツ、バナナの興味深い特性が紹介されています。多くの生物は「二倍体」つまり、相同染色体を2本ずつ持つ形態を取ります。しかし、バナナは「三倍体」という、通常の二倍体とは異なる独特な生物です。この三倍体は、通常の細胞分裂は問題なく行えるものの、減数分裂のときに染色体の対合がうまく行かず、結果として種子を持たない果実を生み出します。
この特性がバナナを非常に食べやすいフルーツにしてくれているのです。他にも、種なしスイカや種なしブドウなどの生物学的背景についても触れられており、普段食べているフルーツについてより理解が深まります。
ノーベル生理学・医学賞も受賞した「mRNAワクチン」って何?
もうひとつ、「mRNAワクチンとは何か?」というコラムの内容を紹介しましょう。新型コロナウイルスに対するワクチンとして世界中で使われているのが、このmRNAワクチンです。従来のワクチンが病原体そのものやその成分を利用するのに対し、mRNAワクチンはウイルスの成分をヒトの体内で合成させるという新しい方法を採用しています。具体的には、コロナウイルスが細胞に感染するときに使うスパイクタンパク質のもとになるmRNAを、細胞に取り込ませ、体内でスパイクタンパク質を作り出し、それによって免疫応答を促します。こうして体内で抗体が作られ、本物のウイルスに感染したとき即座にウイルスを攻撃できるという仕組みです。
このワクチンは、開発時間の短縮や大量生産の容易さというメリットを持っており、新型コロナウイルスのパンデミックを受けてその実用性が証明されました。実は、その基盤となる研究は1990年頃から進められていたもので、およそ30年後のパンデミックがこの技術を実用化へと導いたのだといいます。
「溢れる生物愛」――教師と教え子たちの共同作品
本書の著者たちは、先生とかつての教え子という関係です。石川氏は、先輩の岩瀬哲氏とともに、高校時代に相馬氏の指導を受け、「生物沼に引きずり込まれた」といいます。石川氏は高校を卒業後、筑波大学で博士号を取得し、武田薬品工業株式会社医薬研究本部研究員を経て、現在は筑波大学の助教として活躍しています。岩瀬氏は同じく筑波大学で学位を取得後、現在は理化学研究所で環境資源科学研究センター上級研究員をされています。
相馬氏は、これまで千葉県内の公立高校4校・私立高校・看護学校で40年以上生物を教えてきたベテランの教員です。相馬氏は、教え子たちと本を作る日々を「最高に楽しい時間」だったと語っており、この3人の「溢れる生物愛」が本書全体を貫いており、類書にない魅力を放っています。
この本を読めば、きっとみなさんも著者たちと一緒にこう言うことでしょう。――「生物学は、面白い」と。
<参考文献>
『大人のための生物学の教科書 最新の知識を本質的に理解する』(石川香・岩瀬哲・相馬融著、ブルーバックス)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000381572
<参考サイト>
筑波大学 生命環境系 中田・石川研究室
https://www.biol.tsukuba.ac.jp/nakada_ishikawa/index.html
『大人のための生物学の教科書 最新の知識を本質的に理解する』(石川香・岩瀬哲・相馬融著、ブルーバックス)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000381572
<参考サイト>
筑波大学 生命環境系 中田・石川研究室
https://www.biol.tsukuba.ac.jp/nakada_ishikawa/index.html
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
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