テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2016.02.01

人は禁止されると、何故やりたくなるのか~悪への衝動を弱める「逆説的治療」

 1920年、アメリカで禁酒法が制定された。しかし、人々は自宅で酒を自ら作り、不法の酒場でこぞって酒を楽しんだ。一説によると、1933年に禁酒法が終わったとき、アメリカの酒場は禁酒法制定前の2倍以上にまで増えていたという。この法律は、まったく反対の効果をもたらしてしまったのである。

 抵抗や禁止を受けると、それに逆らおうとする気持ちが強まってしまうのは、よくあることだ。中学・高校時代の「反抗期」にはよく見られる現象だし、『ロミオとジュリエット』のような「禁じられた恋」が燃え上がることも珍しくない。しかし、なぜ人は禁止されると、それをやりたくなってしまうのだろうか。

「アンビバレンス(両価性)」は正常心理

 意外と広く知られていないことだが、人間は正反対の気持ちを同時に抱える生き物だ。これを英語では、「アンビバレンス」、日本語では「両価性」という。正常な心の動きで、誰にでも普通にあることだ。ある人を好きになると同時に、ある部分を嫌うのは、何も珍しいことではない。

 アンビバレンスの大きな特徴の一つは、一方の気持ちにだけ肩入れして、そちらに誘導や無理強いしようとすると、しばしば反対のことが起きてしまうことだ。禁酒法時代のアメリカ人や『ロミオとジュリエット』は、まさにその典型例といってよいだろう。

「おぞましい想像」に悩むのはマジメな人

 世の中には、自分がひどいことをしてしまうのではないか、大きな罪を犯してしまうのではないかと本気で心配する人がいる。たとえば、自分の子どもやペットを誤って傷つけてしまうのではないかと心配し、自分にはそうした願望があるのではないかと思い込んでしまうのだ。

 幸いなことに、そうした考えやイメージを思い浮かべ、それに不安や罪悪感を抱く人が、そうした行動を実際にやってしまうことは、まずないという。本当に行動に及ぶ人は、不安や罪悪感ではなく、快感や高揚感を覚えるのだそうだ。むしろ、そうしたことに強い罪悪感を覚えるのは、おぞましい行動とは無縁の人、マジメな人なのである。

ありのままを受け止めればよい

 では、こうした想像に対しては、どのように対処すればよいのか。これに限らず、たいていの問題行動というのは、止めるように言えば言うほど、悪化していくという。邪悪や罪悪感を排除しようとすればするほど、邪悪で不道徳な考えやイメージが強まってしまうのだ。

 効果があるのは「逆説的治療」だ。たとえば、おぞましいことをもっと想像すると、おぞましいことへの衝動が弱まってくる。重要なのは、問題を無理に取り除こうとするのではなく、まずはありのままに受け止めることである。自分のアンビバレンスを認めることが、第一に大切なのだ。

<参考文献>
・『あなたの中の異常心理』(岡田尊司著、幻冬舎新書)
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
雑学から一段上の「大人の教養」はいかがですか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識

ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識

ヒトは共同保育~生物学から考える子育て(1)動物の配偶と子育てシステム

「ヒトは共同保育の動物だ」――核家族化が進み、子育ては両親あるいは母親が行うものだという認識が広がった現代社会で長谷川氏が提言するのは、ヒトという動物本来の子育て方法である「共同保育」について生物学的見地から見直...
収録日:2025/03/17
追加日:2025/08/31
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長 元総合研究大学院大学長
2

日本の弾道ミサイル開発禁止!?米ソとは異なる宇宙開拓の道

日本の弾道ミサイル開発禁止!?米ソとは異なる宇宙開拓の道

未来を知るための宇宙開発の歴史(7)米ソとは異なる日本の宇宙開発

日本は第二次大戦後に軍事飛行等の技術開発が止められていたため、宇宙開発において米ソとは全く違う道を歩むことになる。日本の宇宙開発はどのように技術を培い、発展していったのか。その独自の宇宙開拓の過程を解説する。(...
収録日:2024/11/14
追加日:2025/09/02
川口淳一郎
宇宙工学者 工学博士
3

天平期の天然痘で国民の3割が死亡?…大仏と崩れる律令制

天平期の天然痘で国民の3割が死亡?…大仏と崩れる律令制

「集権と分権」から考える日本の核心(3)中央集権と六国史の時代の終焉

現代流にいうと地政学的な危機感が日本を中央集権国家にしたわけだが、疫学的な危機によって、それは早い終焉を迎えた。一説によると、天平期の天然痘大流行で3割もの人口が減少したことも影響している。防人も班田収授も成り行...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/09/01
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家
4

世界は数学と音楽でできている…歴史が物語る密接な関係

世界は数学と音楽でできている…歴史が物語る密接な関係

数学と音楽の不思議な関係(1)だれもがみんな数学者で音楽家

数学も音楽も生きていることそのもの。そこに正解はなく、だれもがみんな数学者で音楽家である。これが中島さち子氏の持論だが、この考え方には古代ギリシア以来、西洋で発達したリベラルアーツが投影されている。この信念に基...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/08/28
中島さち子
ジャズピアニスト 数学研究者 STEAM 教育者 メディアアーティスト
5

発がんリスク、心身の不調…シフトワークの悪影響に迫る

発がんリスク、心身の不調…シフトワークの悪影響に迫る

睡眠から考える健康リスクと社会的時差ボケ(5)シフトワークと健康問題

社会的時差ボケの発生には、働き方も大きな影響をもっている。特にシフトワークによって不規則な生活リズムを強いられる業種ではその回避が難しい。今回は、発がんリスク、メンタルヘルスの不調など、シフトワークが抱える睡眠...
収録日:2025/01/17
追加日:2025/08/30
西多昌規
早稲田大学スポーツ科学学術院教授 早稲田大学睡眠研究所所長