●エリートには、「マドリングスルー」に耐える強靭な精神構造が必要
齋藤 イギリスのエリートのあるべき姿の言葉に、「マドリングスルー(muddling through)」という言葉があります。中西輝政先生がよく言うのですが、要するに物を進めるというのは、泥の中で足を取られながら一歩一歩行くということで、物が順調に進むことなどないということです。それが、マドリングスルーということで、全ての物が実現するのは、マドリングスルーだというのです。エリートには、そのマドリングスルーに耐える強靭な精神構造が求められていて、足を取られたから、もうやめるということではなく、それでも前に進む。それがエリートのありようだというわけです。
私は、マドリングスルーよりもっと近いものがあると思ったのは、「匍匐前進(ほふくぜんしん)」です。重い荷物を背負って、立ち上がると撃たれてしまう。今がそうです。農林は大変で、立ち上がると撃たれてしまう。ジリジリという感じで、苦しい。匍匐前進とは、そんな印象で、マドリングスルーよりも大変です。立ったら撃たれてしまうわけですから。
●表向きだけが残るのが歴史、ゆえに想いに迫る検証作業は必要である
―― インタビューしながら、自分でも残しておこうかなと思っているのですが、日本というのは、相当いい加減で、まともな自伝を書けるような筆力を持っている人はおらず、陸奥宗光氏の『蹇々録』くらいで終わっているわけです。あとは、適当に都合のいいことを書いてしまう。
また、政治学自体が進んでいないです。何があったのかということを、役所の側からメモリアルとして書くわけにもいかないですが、そういうものがあると、やっぱり全然違うと思います。
齋藤 今の神藏さんの話を聞きながら思ったのは、歴史というものをどう捉えるかという時に、そのことをやった人の本当の想い、心の中というのは分かりませんよね。冒頭で述べたようなものもそうだし、先ほど少しつまらない例で申し上げた「なぜ高い目標を設定するか」ということも含めて、本当のことを言ったらできなくなってしまうから、本当のことを言わないで、物事や歴史は積み重なっていくわけです。
ですから、政治家という立場の人で、過去の出来事を見ながら、「この人の本心はきっとこうだったに違いない」ということを見抜ける、想像できる、という人が、歴史を書くべきなのです。ただ、それでも、本当のことは書けないかもしれません。
ですから、30年、40年経ったら、そういう検証作業をしなければいけないと思うのですが、多分、私の今までの拙い経験から言っても、実際に政策を進める時は、想いと表向きとがすごく乖離していることが多いのです。歴史は表向きだけのことが残ります。しかし、それは本当の歴史ではありません。本当の歴史はそういうものとは違い、例えば、「こういうケースにおいてはこうだったかもしれない」ということを理解できる人が書く歴史が、多分、本当の歴史なのだろうと思います。ただ、そういう本当の歴史はないし、書けないかもしれない。
だから私も、自分でやろうとした日露から太平洋戦争にかけての検証作業について、書いてあるものだけ読めば、なんて愚かな人の集まりなのだろう、ということになりますが、決してそんなに愚かな人ばかりだったわけではないと思うのです。それなら、本当はどうだったのかということが知りたくて、こういう作業をしているということです。
●エリートが本音を語ることは簡単なことではないが、そこから学ぶことがある
―― そこに思いが至り、明治維新からわずか数十年で、こんな一等国を作れるわけがないだろうということになり、それがどうしてこのようになってしまったのだろうという思いになった、ということですね。
齋藤 その一点が不思議なのです。
―― それ、すごいですよ。
齋藤 わずか30何年ですよ。100年経っていたら、「変わりましたね」でいいけれど、30何年というのは、まだ生きています。A級戦犯の松井石根さんも、日露戦争の時も、南京大虐殺の時も生きていて、両方自分の目で見ているわけです。そして、何が違っていたかという本音については、最後、巣鴨プリズンで絞首刑になる前に「国が変わった」とポロっと言うわけです。すでに刑は確定しているわけですから、もう自己弁護する必要はありません。自分の罪を軽くしようなどという気持ちもなかったでしょう。両方経験した彼からして「日本は本当に変わってしまった」ということを、つぶやくわけです。
―― 日露でたたえられる日本軍と南京で罵声を浴びせられる日本軍、その両方を見ているわけで、すごい話ですね。
齋藤 しかも頭のいい人でした。陸大を主席で卒業した、とても頭のいい人が、両方を見て感じたことを、しかも刑...