●組織の主体はどのように環境や情報を処理しているのか
比較情報や歴史情報、そして制度についてお話ししてきましたが、これは「行動予想+共有知識の公的表象」に関係する話題でした。人々の頭の中にあるものと外在しているものを見たわけです。
次にお話ししたいのは、組織アーキテクチャについてです。これは主体間の相互作用、あるいは認知的分業が、どのように行われているかということに関係します。組織アーキテクチャを考える上で、モジュール化という概念が重要です。モジュールとは、自己完結的な単位を指します。
組織の主体がどのように環境や情報を処理しているのかを考えたいのですが、そこにはさまざまなパターンがあります。比較制度分析では、主に3つの集合認知のタイプ、あるいはモジュール化のタイプが示されてきました。
1つ目は、同化認知と呼ばれるものです。これは「擦り合わせ」や「情報同化型」とも呼ばれます。主体間が文脈を共有し、得た情報を相互にコミュニケーションして、常に擦り合わせていくというタイプです。何かを継続的に話し合ったりして調整しながら、あたかもモジュールがつながれてくようにして、情報の擦り合わせが行われるのです。
2つ目は、ヒエラルキー的認知です。これはトップダウン、上意下達、あるいは情報分割です。共通環境の観察に特化したトップがおり、そのトップが環境を観察します。観察の成果を解釈した上で、それをトップダウンで伝えていくというタイプです。これはトップダウンでモジュールをつないでいくイメージです。
3つ目は、カプセル型認知です。何かルールを決める際に、そのルールをオープンなものにしておくという方法です。開放ルール型、あるいは情報異化型と呼ばれます。それぞれの主体やモジュールが分野ごとに独立していて、共通点があまり見つからないとしましょう。その場合、何らかの共通ルールを決めて、それに従って個々の役割を果たしてもらうようにするわけです。
●情報の擦り合わせでは、意思決定に遅れが生じる可能性がある
例えば、原発事故の比較制度分析として、青木昌彦教授は2013年にスタンフォード大学のジェフリー・ロスウェル博士と共同研究をしています。また、2014年には『青木昌彦の経済学入門』を出版しました。その中で、こうした組織アーキテクチャの基本形を用いながら、過去の原発事故について分析をしているのです。
1つ目の同化認知にフィットしているケースが、福島の原発事故でした。事故が起きた当時、首相官邸や東電本部、原子力安全保安院、あるいは現場の福島第一原発も、情報の擦り合わせを行っています。しかし、それが原因となって、意思決定に遅れが生じた可能性があります。危機的状況において、擦り合わせが果たして有効なのかという問題提起です。
2つ目のヒエラルキー的認知、トップダウン型のモジュール化に対応するのは、1986年のチェルノブイリ原発事故です。当時、ミハイル・ゴルバチョフ書記長は事故の後、数日間沈黙して、がれき処理をするために、無防備な予備兵を送り込みました。これはトップのミスが自己処理の大きなミスを招くという事例です。
3つ目のカプセル型認知は、1979年のスリーマイル島の原発事故に対応します。当時、原子力規制委員会がルールを決めていたのですが、それにのっとってジミー・カーター大統領と現場の工場長がそれぞれに処理活動に当たりました。危機時にはこうしたカプセル型認知が良いのではないかと、青木教授は主張しています。他方、ロスウェル博士の実証研究によれば、1つ目の同化認知タイプのような擦り合わせ型であれば、原発機能の停止の確率が高まって、その期間が長びく可能性があります。
このように、モジュール化や組織アーキテクチャの考え方を実際の原発事故の文脈に応用してみることが可能です。比較制度分析は、現実面に対していろいろなインプリケーションを持っている、非常に面白い考え方だと思います。
●原発推進はナッシュ均衡として成り立ってきた
2011年3月11日、東日本大震災が起きました。マグニチュード9.0の地震があって、15メートル近い津波が福島を襲います。福島第1原発は全電源喪失に至るという事態に陥りました。原発が冷やせなくなり、結局は水素爆発を起こして放射性物質が飛散し、地域の共同体を破壊してしまうことになったのです。こうした非常に残念なことが起きてしまったのですが、それまでは、原子力発電は非常にクリーンで地球に優しいエネルギーであり、無資源国である日本にとっては有望だといわれてきました。
しかし、どうしてそれまで原発推進がスムーズに行われてきたのでしょうか。原子力村と呼ばれる、利益共同体の存在は大きいでしょう。もちろんそうした村が実際に存在するわけではありませ...