●トルコ、フランス、モロッコから見た中東複合危機
皆さん、こんにちは。
本日は、2018年秋の中東情勢について、少しお話ししたいと思います。
私は2018年後半、9月9日~19日にトルコ西部を研究調査旅行でまわり、シリア難民の調査、選挙後のエルドアン大統領の国民世論における支持率の問題などを調べてきました。また、11月7日から13日にかけてはフランスとモロッコに出かけ、パリでは商工会議所における講演など、モロッコの首都ラバトではムハンマド5世大学での講演を行いました。
この間に気がついたのは、やや離れたトルコ、そしてもっと離れたフランス、ひいてはモロッコから見た中東の、シリアを中心とした情勢が、ますます複合危機の様相を深めているということでした。
新しい複合危機の深化は、第一にイスラム国(IS)の力が停滞し、その支配領域を縮小したものの、依然としてエジプトのシナイ半島やサヘルと呼ばれるアフリカの中央部を横切る地域においては脅威となっていることでした。確かにシリアやイラクにおいてはイスラム国の版図(支配地域)は減っていますが、シリアではまた違う質の深刻な危機が複合化しているのです。
現在、情勢の行方はたいへん不透明かつクリティカルですが、大勢はアサド政権の優位にアラブの春が挫折し、シリアの春が消え去ろうとしているかのように思われます。まさに歴史の不条理ともいうべきものです。
●中東危機に影を落とすサウジアラビア人記者殺害事件
これにきびすを接するようにして、在イスタンブール・サウジアラビア総領事館におけるサウジアラビア人ジャーナリストの殺害事件が、中東危機に大きく深刻な影を投じています。
サウジアラビアの皇太子、ムハンマド・ビン・サルマン(MBS)が命じた暗殺だったのか、あるいは一部のはね上がり集団が企てた殺害事件であったのか。この事件はさまざまに憶測を呼んでいますが、重要なのは、この問題をめぐってトルコ当局がサウジアラビアに対してはっきりとした対応をしていることです。
また、この問題に対してトランプ大統領がやや中途半端な態度を取っていることもご案内のとおりです。トランプ大統領はさらに、イランに対する制裁を強化しています。イラン制裁の強化は、サウジアラビアの協力なくしては成功しえないことで、原油の輸入問題をめぐって日本においても、まことに懸念される材料です。
私は11月5日に、折から日本を訪問していたトルコの外務大臣チャヴシュオール氏とお会いする機会がありました。そこで、このサウジアラビア人ジャーナリスト、カショギ氏の殺害に関するトルコ政府の見解について、いくつか率直にお尋ねする機会がありました。チャヴシュオール氏は、明快かつ率直に、かなりの部分に答えてくれました。
●「7分間の絶息」のてんまつを語ったトルコ外相
第一に、トルコ政府は事件の発生後、国内にある総領事館において起きた事態を直ちに掌握したと述べていました。サウジアラビアの総領事館は在外公館として外交特権を有していますが、明白な殺人事件が起きたのは事実であり、その場合に接受国としてのトルコがそれに対して無関心ではいられない。それにより、構内への立ち入りと情報の詳細な提供を求めたと言っていましたが、サウジアラビア政府により直ちに拒否されたということでした。
メヴリュット・チャヴシュオール外務大臣の説明によると、このようなやり取りをしていく中で時間をかけ、いわば時間稼ぎをすることにより対応策を考えていたのだろうということでした。その対応策とは、具体的には、サウジアラビアが密かに行ったとされる二人の専門家の派遣です。この二人は、医学でいうところの毒物学の専門家と有機化学の専門家だったと伝えられています。
毒物学者や化学者が派遣されたのは明らかに証拠隠滅を図るもので、ルミノール反応等々を消し去ってしまうような隠蔽工作のためであったろうと外務大臣は推測していました。こうしたことも含めて、トルコは知りうる限りの全容を解明し調査結果をすべて発表する、というのがチャヴシュオール氏の強調したところでした。
外務大臣は続けて、殺害にあたった集団はMBS(ムハンマド・ビン・サルマン皇太子)の側近たちであり、上からの命令なくして今回のような重要な事件はありえなかったと説明しました。話の中でチャヴシュオール氏がとてもリアルに「7分間で絶息した」と、具体的な数字をあげていたのが、私にはややショックでした。
この事件の性格は、第一に計画的殺人であったという強い確証を得ているということにあります。また、二つ目に殺害して「分解した」という表現を使っていましたが、日本語の口語で言えばバラバラにしたということです。三番目に、殺害犯たちは「解剖学者たち」とされてい...