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有権者に一言一言、心を込めて自分の言葉でわびる

人生の挫折と再生を経て(2)私を支えた言葉

小野寺五典
衆議院議員
概要・テキスト
気仙沼港
議員を辞職し、大きな喪失感を抱えながら地元気仙沼市で政治家とは無縁の日々を送っていた小野寺五典氏。その小野寺氏を当時も、そして今も支え続けている加藤紘一氏のアドバイスとは? 人生の挫折と再生を語る。(後編)
時間:06:06
収録日:2014/06/17
追加日:2014/08/07
カテゴリー:
≪全文≫

●気仙沼で学校の仕事に専念した辞職後の3年間


―― しかし、37歳で初当選、そして40歳で一度辞職されてから、次の復活当選まで3年間。その3年間を勉強しながら耐えていたというのが、すごいですよね。

小野寺 少しだけ分かるのは浪人している方とか、あるいはいろいろな形で、たまたま犯罪の中に巻き込まれ、もしくは犯罪者ということを受け入れて、その後一定の期間を過ごされている人の気持ちはよく分かります。

まず、辞職した後はテレビ、新聞、一切政治のニュースを見るのが本当に嫌で嫌で仕方がなくて、もっぱらそういうことは見ずに、古い映画を見たり、全然違う分野の本を読んだり、意識としてもそこに関わることはしたくないような状態でした。もちろん政治家の仲間とも全く縁がない中で過ごしていました。

―― そのときは地元で過ごしていたのですか。

小野寺 地元で過ごしていましたが、ただ何かしないといけないなという気持ちはあったので、実は地元に学校を作ったのです。専門学校なのですが、介護の専門家を養成する介護福祉士の養成施設を作りまして、そのときは理事長として自分が教鞭をとりました。こういうときは自分が大学で教えていたという経歴が効きますね。

また、介護養成施設は厚労省の認可が必要ですから、その申請をして認可をもらうときの申請書を全部書いたり、厚労省の検査官が立ち会う中で、直接説明をしたりしました。ですから、介護の現場のことは結構詳しいと思います。一応そういう学校で学生に教えて、一定の期間、養成をしていましたから。

こうした人材の養成を目指したのは、やはり、気仙沼というところで高校を出ると、皆、町を離れて遠い仙台や東京に行かなければならない。そうすると故郷には帰ってこないからです。地元で就職して残れる、しかもある程度の国家資格が取れるという分野だと介護の資格だったものですから、それで地元で卒業しても気仙沼を離れずにちゃんと勉強できて、その後就職できる環境ということでその専門学校を作って、議員を休んでいる期間は学校の仕事に専念しておりました。


●政治家として味わった大きな喪失感


―― 復帰の直前まで選挙に関係ない生活だったのですね。

小野寺 本当にまた、選挙に出られるとは思っていませんでしたし、ましてや公民権停止ですから、基本的には政治活動とは一切無縁でした。本当に寂しいもの...
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