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『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』に学ぶBIG History

『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』(1)BIG History

長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長/元総合研究大学院大学長
情報・テキスト
『サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』
(ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之翻訳、河出書房新社)
人類はその出現以降どのように発展してきたのか。宇宙の始まりから現在に至るまでの歴史を、人類の発展とともに振り返る「BIG History」が最近、注目を集めている。その代表ともいえるユヴァル・ノア・ハラリの二つの著作『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』について、長谷川眞理子氏が独自の視点で解説を行っていく。今回はまず『サピエンス全史』の内容についてだ。(全5回中第1回)
時間:10:52
収録日:2019/04/03
追加日:2019/07/26
タグ:
≪全文≫

●BIG Historyを把握しようとした『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』


 長谷川眞理子です。本日は、人類の進化全体についてユヴァル・ノア・ハラリが書いた『サピエンス全史』、そしてその後に刊行された『ホモ・デウス』という本について解説し、私の感想お話ししたいと思います。

 『サピエンス全史』という本は、世界的にも随分有名になり、よく売れています。その後、続編として『ホモ・デウス』という本を同じ著者が書きました。『サピエンス全史』には「文明の構造と人類の幸福」、『ホモ・デウス』には「テクノロジーとサピエンスの未来」というサブタイトルがついています。この本は、私たち人類を指す「ホモ・サピエンス」という種が、その進化の舞台から現在のテクノロジーと国際的な政治の交流という世界に至るまで、これまでどのように活動してきたのか、何がサピエンス特有のことなのか、今後どのように発展していくのかなど、さまざまな論点に関して議論しています。

 著者のユヴァル・ノア・ハラリですが、実は生物学者ではなく、オックスフォード大学で中世史、軍事史を専門として学んだイスラエル生まれの歴史学者です。歴史学者は通常、文字で記録されている時代以降の歴史について議論してきました。一方、歴史とは過去のことを振り返るものなので、進化学もある種、歴史の学問です。そうした考えから、彼はチンパンジーから分かれて人類へと進化した後、人類がたどった道筋を全て振り返りました。長い人類の進化史全体の中で、現在の人類の歴史を位置付けようとしたのです。大変な労作であると思います。

 彼は生物学や進化人類学の専門家ではありません。ですが、よく勉強して、「BIG History」というものを把握しようとしたという努力は、非常に高く評価できると思います。

 先ほど申し上げましたが、この『サピエンス全史』には「文明の構造と人類の幸福」という日本語のサブタイトルがついています。しかし、原著である『Sapiens』という本のサブタイトルは、 "Brief History of Humankind"です。先ほど「BIG History」と私は申し上げましたが、こちらは「Brief History」です。

 「BIG History」とは最近流行している考え方で、宇宙の始まりから現在に至るまでの過程を全て通してものを考える、百何十億年という歴史の中で現在の人類を考えるという枠組みです。数年前から環境問題などのさまざまなトピックを全て含めて、全部の歴史を考えたときに今の私たちは何なのだろうか、という視点を提供してくれるのが「BIG History」です。この本はそうした枠組みを用いているのでしょう。宇宙開闢以来の百何十億年とまではいきませんが、人類が誕生し進化してきたという過程の全体を見て、現在を考えようという大きな試みだと思います。


●人類は他の霊長類とはどのように異なった発展をしてきたのか


 『サピエンス全史』の内容は、第1部が認知革命、第2部が農業革命、第3部が人類の統一、第4部が科学革命となります。それぞれの要素が、人類を非常に特殊な生き物にしました。すなわち、現在、世界中に広がって分布しており、テクノロジーを駆使し、多くの他の生き物を絶滅させ、また大きな戦争をお互いにする、そんな非常に特殊な霊長類としての人類が、このような存在になるにあたって重要な役割を果たした要素を、この4つの概念でまとめているのです。

 まず認知革命についてご説明します。およそ600万年あるいは700万年前にチンパンジーから、チンパンジーの系統と人類の系統に分かれましたが、そこから随分長い間、人類はただの霊長類だったのです。体は少し大きくて頭も大きいのですが、今のチンパンジーやゴリラなどに似ていて、当時の他の霊長類とそれほど変わらないただの類人猿としてアフリカの一角で存在していました。

 ホモ・サピエンスはおよそ30万年前に出現しましたが、最初はそれほど進化していませんでした。しかし、7万年前、5万年前、4万年前、3万年前と進み、その頃から現在に向けて、急速な勢いで発展してきたのです。その進化の基本は何だったのか。なぜそうした発展が可能となったのか。その問いに答えるものとして、著者は「認知革命」と呼んでいます。 これは本当に重要なことなので、歴史学者がこの認知革命を指摘してくれることをとても嬉しく思います。ここで重要なのは、「虚構」という概念です。本当に実物として存在するわけではない、ある物語や概念をみんなで共有するということです。

 本当に実在してはいませんが、みんながその存在を信じることを通じて、「共同」でそれらが存在しているように感じるようになります。自分が夢を見たり変なことを考えたりすることは、単なる主観です。それが他の人に伝わらないと、単に個人の幻想に終わって...
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