『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』
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農業革命の影響とは…本当に恩恵をもたらしたのか?
『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』(3)農業革命
長谷川眞理子(総合研究大学院大学名誉教授/日本芸術文化振興会理事長)
人類の発展にとって次に重要だったのは農業革命である。農業が発展することで人類は「計画可能性」を獲得し、未来の生活について思いを巡らすことができるようになった。また、富の蓄積が可能となり、その結果、行政機構や書字言語が発達した。しかし一方で、富の独占によるヒエラルキーと不平等が顕在化するなど、良くない側面についてもユヴァル・ノア・ハラリは言及している。今回は『サピエンス全史』第2部・農業革命について、長谷川真理子氏が独自の議論を展開する。(全5回中第3回)
時間:10分08秒
収録日:2019年4月3日
追加日:2019年8月2日
≪全文≫

●農業革命が本当に恩恵をもたらしたのかどうかはよく分からない


 次は農業革命です。これは定住生活をするようになって、食糧を自分たちで作るようになる時代のことです。農業革命以前の狩猟採集生活は、実はそれほどみじめなものではありませんでした。楽ではありませんが、多様なものを臨機応変に捕まえて、栄養的にはバランスの取れた食生活を送っていました。運動も頻繁に行って、栄養的には豊かで健康的な生活だったのです。

 それが、さまざまな理由はありますが、およそ1万年前に農耕と牧畜、定住を人類は選択して、そうした生活形態が全世界に広まっていきます。そうすると、豊富にカロリーを摂取できるようになり、人口が増えました。小麦や米は保存が可能なので、カロリーとして毎日摂取できるエネルギーの総量は増えたのです。ところが、少数の種類の食べ物、例えば米ならば米だけに特化した食事が中心となるので、栄養が非常に偏ります。ですので、この時期の食事は、エネルギーは豊富でも、栄養バランスはあまり良くなかったのです。こうした栄養バランスの悪さは、骨などに影響が出ていて、農業が始まった以降の骨で健康的ではないものが多く残っています。

 加えて、多くの人が密集して暮らすようになることで、感染症などのリスクが増えました。このような意味で、農業革命が本当に恩恵をもたらしたのかどうかはよく分からないと書いてあります。

●農業革命が人類にもたらした良い側面と良くない側面


 私が非常に重要だと思うのは、「計画可能性」です。農業や牧畜の場合、自分で穀物を作り、自分でそれらを管理することで生計を立てていました。この意味で、自然に存在するものを探して、取りに行き、取れたらバンザイ、取れなかったら空腹を我慢するという、計画や予測がほとんどできない世界とは大きく異なるのです。農業革命によって生活が予測可能、計画可能になったので、勤勉に働く必要が出てきました。また、将来に関する不安が可視化されるようになりました。

 狩猟採集社会では自然現象に追いつくことだけに着目するので、自分たちで生活をコントロールすることはなかなかできません。一方、農業や牧畜社会では自分で管理するので、「来年の春には何をしなければ」など、少し先の時間軸まで予測可能、計...

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