●分権的な貨幣システムは昔から提唱されてきた
吉川 貨幣については、そもそも「貨幣とは何か」という疑問から始まると思いますが、そこは私自身よりもむしろ最近出た本をご紹介したいと思います。
私の先輩に当たりますが、岩井克人氏がNHKで放映した「欲望の資本主義」の中で語った話を中心にした『岩井克人「欲望の貨幣論」を語る』という本があります。丸山俊一氏というディレクターがまとめた本で、東洋経済新報社から出版された近著ですが、それをいただきました。とても分かりやすくて、すぐに読める本です。
話を戻すと、ご存じの通り現在では、貨幣はほとんどの国で中央銀行が発行しています。一方で、小宮山先生がいうように、ビットコインなど仮想通貨を用いて分権化するというアイデアは、昔からあります。ハイエク(フリードリヒ・ハイエク)というオーストリア学派の有名な経済学者がいます。シュンペーター(ヨーゼフ・シュンペーター)と同世代の人ですが、彼は分権的な貨幣という提起を盛んに行っていました。
ハイエクは自由主義者で、貨幣の発行はある意味、中央集権化されていますが、そこにも競争原理を導入しようというのです。中央銀行以外の機関も貨幣を自由に発行させて、貨幣の間のコンペティション(競争)を促そうという考え方です。
小宮山 貨幣のコンペティションですね。それはドルや円で起きているのではないですか。
吉川 いや、ドルや円は基本的には中央銀行が発行していますから。
小宮山 なるほど、そういうことですね。昔、江戸時代に藩札を出していましたね。
吉川 ありました。ただ、そうした議論をする前にいいたいのは、貨幣は単なる数字と捉えられるという考え方は、別に新しいことではないということです。ビットコインなど仮想通貨も、基本的には単なる数字です
つまり、日本では1万円札や500円玉などがありますが、時々誤解されるのは、それこそ貨幣だと思われているということです。しかし、それらは現金通貨です。われわれのような経済学者や経済の世界では、基本的に銀行預金が貨幣なのです。現金通貨は、今のマネーのうちの1割にも届きません。
小宮山 1割にも満たないのですか。
吉川 満たないです。9割以上は、預金通貨なのです。クレジットカードを考えても分かる通り、さまざまな振込みや決済は基本的には数字の交換だけで行われています。その意味では、デジタルマネーというのは、ずいぶん前からあったのです。
●ローカルカレンシーの導入は地域経済の救済につながるのか
小宮山 私が言いたのは、それを並立させたいということです。
吉川 なるほど。そういうことなのですね。
小宮山 プラチナ社会運動の一環として日本中を回っていると気づくのですが、本当に地域経済は危機的な状況にあります。今後、Amazonなどが本格的に参入してくるとどうなるでしょうか。確かに、Amazonにも良い点があります。アメリカの、特に忙しい現役の人たちに話を聞くと、Amazonは野菜なども含め全て取り扱っていて、さらに家の前に商品を届けてくれるので、本当に便利だというのです。それも一理あると思います。
しかし一方で、地域における人と人とのコミュニケーションも非常に重要だと思うのです。地域経済が全てAmazonなどで賄われるようになれば、それで幸せかというと、そうではないかもしれない。実際に買い物に行って話をしたいという人も多く存在するからです。ですから、例えばAmazonでは100円で売られているものが、地方の売り場では300円で売られていてもいい。しかし、そのまま300円で買うと損をするだけなので、その商品を仮に100ビットコインなど仮想通貨で売買する。そのようになればどうでしょうか。そうしたことは、介護でもいいのです。
吉川 小宮山先生がおっしゃっていることは、おおむね理解できます。そうしたアイデアを「地域通貨」と呼ぶ人たちがいますが、それが小宮山先生の主張を実現するために適切かどうかという点に関しては、私は非常に疑問に思います。ただ、完全に否定するほどの根拠はありません。
例えば、アメリカではベビーシッターというサービスがあります。ニューヨークやマンハッタンでも、クラブのようなものが形成されていて、その中ではクーポンで決済を行っています。クルーグマン(ポール・クルーグマン)は、これを積極的に紹介しています。これはまさに「ローカルカレンシー」(現地通貨という意味)です。
小宮山 それに近いですね。
吉川 しかし、考えようによっては、こうしたやりとりをなぜ普通のお金で行わないのかという見方もあります。小宮山先生が先ほど出した例では、Amazonを活用すれば何でも届くので便利だという一方で、何かを買うときに人の顔を見ることにも効用を見いだすことはあります...