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直接選挙の弊害に気づいたヴェネツィアが行ったこと

独裁の世界史~ヴェネツィア編(2)小さな国の発明と工夫

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
情報・テキスト
ヴェネツィアは、国土や国家財政、官僚機構の最小化を目指した。その中から生まれたのが複式簿記や銀行のような近代システムだ。政治手法として彼らが選んだのは共和政だったが、規模の拡大によるジレンマを思いがけない選挙手法で解決している。(全4話中第2話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:10:12
収録日:2020/04/24
追加日:2020/06/06
カテゴリー:
キーワード:
≪全文≫

●国家財政の規模を最小限に抑え、複式簿記と銀行を発明


本村 前回は、ヴェネツィア人が交易により外交術を磨いていった経緯をお話ししました。また、商業活動における彼らの知恵として、国家財政の規模はできるだけ最小限に抑え、なるべく金のかからないようなものにすることがありました。

―― ローマとの比較でいうと、よく言われるのがローマの「パンとサーカス」手法ですが、そのあたりはいかがでしょう。

本村 いや、それとは違うと思いますね。これはつまり国家財政のことで、ローマも国家財政という点では、意外にそれほど大きな規模ではないのです。

―― そこを肥大化させなかったわけですね。

本村 ええ。小さな地域におけるローカルな金持ちや富豪を自分たちの国家に取り込むことによって、肥大化させないようにしていたのですね。だから、全体としての国家財政と役人の規模をそんなに大きくしないことに、ヴェネツィアはまず意を注いだというわけです。

 それから「複式簿記」が出てきます。商業交易を行っていく際に合理的にさばけるような簿記や帳簿のシステムがつくられていきました。それから銀行もできました。現代の銀行とは少し違いますが、ある程度お金を預けておけば、一定の地域から一定の地域に現物のお金を運ばなくても、支店のようなところを通じて受け取れるということが、帳簿を用いることでできるようになりました。

―― 帳簿と伝票だけで済んでしまうわけですね。

本村 ええ。そういうシステムをある程度開発していただろうということで、商業交易でのし上がっていっているため、それに付随するさまざまな工夫が行われていました。それがヴェネツィアの特徴であって、できるだけ財政的にも最小規模の国家をヴェネツィアは体現しました。


●自由尊重の気風とドージェ直接選挙のジレンマ


本村 独裁政については、まず彼らはローマの発端の時期を見ていたでしょうし、ゲルマン民族が独裁政を敷いていたことも見ていました。そういう中にあって、ヴェネツィア人たちはできるだけ自分たちの自由を尊重する方向を選びました。

 彼らはそもそも発端において、ゴート人やゲルマン民族の一派がやってくることを嫌って避難しました。それは、自分たちの自由を守りたいという意識がことさら強かったからだと思います。だからこそ彼らは、自分たちの中に独裁者をできる限り登場させないようなシステムを取っていったわけです。

 最初の頃は、やはり為政者なりリーダーなりといった人を選ぶ上では、ある程度直接民主政的なものを選んでいきました。そういう人の中から、代表者やリーダーを選んだりしていました。

 ところが、直接民主政はどこかで弊害が出てきます。つまり、最初は建前上お互いに直接に素晴らしい人を選ぶようにするけれども、アテネのオストラシズム(陶片追放)に見られたように、それは単に政敵を排除したりするように機能しやすい。

 また、圧倒的多数を取った場合、そのグループから選ばれた人たちが建前上、独裁者ではないけれども「ドージェ(執政官)」と呼ばれるようになります。ドージェには主人という意味もあり、そういう人がだんだん同じ家族から選ばれるようになるので、それをなんとか排除しなければいけないということが、ヴェネツィアではおそらく大きな課題になっていったと思われます。

 商業交易によってつくった資産(富)を用いて国家をつくり、その国家にはできるだけ共和政的なシステムをもたせて、単独の支配者に委ねないシステムを取っていく。しかし、直接民主政で直接選挙を行っていると、そこに弊害が出てくる。つまり、それを利用して政敵を打倒するようなシステムになったり、同じような家系の人たちが代表者に選ばれたりすることが問題視されるようになったのです。


●共和政を守るために独自のシステムを考案


本村 しかし、ヴェネツィアも、少しずつ規模が大きくなっていきます。ローマのように大々的にはやらないといっても、最初の頃より少しずつ周りに領土も広げているのです。そういう中で、共和政国家が変質しがちなときにそれを抑制したのが、個人が野心を持って行うことを許さないという、ヴェネツィア人に古くから続いた意識です。そのときに彼らの中に生まれたのが、限られた統治階級の共同責任による国政、いわば「共和政に依るがいいのだ」という認識でした。

 これはもう14~15世紀のことでしたが、どういうシステムで選ぶのが最善かをめぐり、彼らはくじと直接選挙を何度も行いました。どういうことかというと、一人のドージェ(執政官、リーダー)を選ぶために、まずくじを引かせる。くじに当たった人が選挙人となり、ドージェになる人を複数選びます。その次の段階では、選ばれた人たちにくじを引かせる。このようにして、くじを5...
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