●入れ歯を変えると元気になるという症例
―― 本日は、日本顎咬合学会元理事長でいらっしゃる河原英雄先生と、上濱正先生にお越しいただきまして、噛み合わせや歯の健康が、いかに人間の健康にとって大事なのかということについて、お話をいただこうと思います。
一般の方からすると、歯の健康やお口の健康を保つことで、他の病気まで改善していくと言われても、まだあまりピンときません。これから、そのあたりを詳しくご発表いただきたいと思います。まず総論として、それぞれ少しお話いただけますでしょうか。
河原 私ははじめ、福岡で開業していました。その後、60歳になったので、田舎で魚釣りでもしながら、のんびりと過ごそうと思い、移住しました。しかし田舎に行ってみると、田舎のお年寄りの入れ歯が、あまりにも噛めないということに気づきました。さらに、お医者さんからも、入れ歯はなんでこうも噛めないのかという意見を聞きました。そこで、入れ歯というものをもう少し考えなければならないな、と思い至りました。
そこで、たまたま、うちのスタッフが子どもの運動会で映像を撮っていたのですが、そのビデオカメラで新しい入れ歯で物を噛んでいる映像を撮ってきてくれました。スタッフがいうには、「うちのおじいちゃんが、こんなに物を嚙めるようになりました」ということでした。こうした試みは面白いなと思い、それからはそうした映像を撮っていくという取り組みを続けていきました。その結果、歩けない人が歩き出したりするような成果が得られました。
その後、上濱正先生が、こうした成果を解説してくれるようになりました。
―― 最初は実践から入ったのですね。
●歯科は虫歯にとどまらない、全身の病気に関わっている
河原 まったくもって実践です。患者さんが噛めるようになると、見違えるように人が変わっていきました。このことをぴしっと理論付けてくださったのが、上濱先生なのです。
―― 上濱先生、これはどのような経緯で取り組まれたのでしょうか。
上濱 私は実は、変わった経緯の歯科医師でして、もともと薬学部出身で、日本を代表する製薬会社にいました。その後勉強して、このような噛み合わせに関する日本の世界的な研究者である、小林義典教授のもとで少しお仕事させていただいたり、論文を読ませていただきました。ただ、歯学部には入った時にはすでに製薬会社にいたので、論文を読んだり検索する能力は身につけていました。
そのようなことをしていると、河原先生の症例に出会いました。その時に、自分が持っている知識が花開いたのです。やはり長らく、歯医者さんは虫歯が痛くなったときに行く場所というイメージがありました。今はようやく、お口の中の歯周病や歯が抜けてしまった病気が、全身の病気になるという認識が広まりつつあります。
●胃や脳に比べて、歯は再建ができるという特徴がある
上濱 その中で重要なのは、歯科だけは再建ができるということです。癌で胃をとったり脳の神経をとったりしても、再建はできません。歯科にとって、一番大きい障害は、歯がなくなってしまうという形態的な障害です。それを入れ歯やインプラント、ブリッジなどで治すわけです。それでどうするかというと、噛んで食べるという口腔の機能を再建します。
そこで普通の方は終わるのですが、河原先生の症例のように、社会的に非常に弱い立場の場合、これに心理的な障害が加わることもあります。つまり意欲がなくなってしまい、いわゆる痴呆症のような状態が出てきます。これによって社会的な障害が出て、孤立してしまい、社会に出られなくなることもあります。これは非常に大きな問題なのですが、入れ歯の最適化によって、見事に全てクリアされています。こうした症例から、今までの研究を見ていく、あるいはこれからの歯科の研究をこういう方向で調べると、状況はもっと良くなるんじゃないかということを、私は感じました。
噛むと体が良くなるだけではなく、実は脳も良くなり、最終的には心が豊かになるという点が明らかになりました。このことが、河原先生の症例の素晴らしさです。河原先生の症例を見させていただくと、私がたまたま勉強したことを、まさに解析でき、非常にありがたいことでした。今日はこのようなお話をいたします。
―― ありがとうございます。それでは次回から、まず具体的な症例を含め河原先生のお話をお聴きした後、上濱先生に、理論的なお話、つまりなぜそうなるのかという話をお伺いしたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。