●認知症患者である81歳男性の、入れ歯を作り直す
河原 噛めない患者さんへの対応としてはどのようなものがあるでしょうか。
1つ目のケースは脳血管疾患から退院後3年たった、81歳男性です。入れ歯はすでにひどい状態でした。
家族は「なんとか物を食べられるようにしてほしい」と考え、お連れになりました。
これは私の病院です。うまく歩けない、よく噛めない、喋らないという状態でした。退院後3年は、訪問介護を拒否、通院も拒否、投薬も拒否という状態で、薬も飲まず、認知症でした。家の中ではほとんど寝たきりで、ゴロゴロしているような状態でした。治療期間に3ヶ月かかりました。理由は、私が忙しかったのもありますし、患者自身にも高齢者ということでそれなりの理由がありました。
●新しい入れ歯で元気になったが、脳梗塞で亡くなる
河原 なんとか入れ歯を作ってみようということになりました。とはいえ、歩くことを忘れていたため、レントゲンを撮ろうと思ってもうまくいきません。このままでは時間の無駄になるので、私が引きずって行きました。
当時、高齢者虐待だと介護の方から言われたのですが、われわれはこうした高齢者の扱いなどについて、本当に知りませんでした。若い先生は、これからこうしたことについても、勉強しなければなりません。こうして、新しく入れ歯を作りました。
作ってなんとか噛ませました。初めて言った言葉は、「おいしい」でした。それまで一切喋りませんでしたが、この時、初めて喋ったのです。襟が綺麗であるところからも、家族の方の協力が分かります。ご家族の協力が必要なのです。
目がすっきりしていきました。入れ歯の使い方を、じわじわと練習していきました。練習しなくとも、歩けるようにもなっていきました。本来は自分で歩けるはずなのですが、いつも介護の方が引っ張ってあげていました。
この方は、若い時には、いろいろと遊んでいたようです。奥さんがすごく偉かったと思います。やはり家族の協力が必要です。2ヶ月後、引きずられたことも完全に忘れていました。ガムを噛ませて、脳のトレーニングをしました。笑顔が出てきました。この時、初めて1人で歩きました。私が引きずったことをよく知る方が、「はい、1人で歩いてみて」と言いました。そうすると、普通に歩けたのです。これには私も、非常に感動しました。薬も、リハビリも一切やっていません。ただ噛めるように、食べられるようにしただけです。それで、これだけ患者さんが元気になりました。
しかしこの後、2回目の脳梗塞で、お亡くなりになりました。私はお参りにいったのですが、その時、ご家族の方から、「不謹慎なことですが、死ぬ前の日まで元気に好きなものが食べられました。ありがとうございました」という言葉をいただきました。
●短時間で的確な入れ歯治療がQOLを上昇させる
河原 高齢者の入れ歯を作るのに、2~3ヶ月間もかかってしまうのは問題です。そのため、短時間で的確に入れ歯治療を行い、患者さんの口腔機能やQOLを上昇させることが重要です。
噛めない入れ歯はたくさんあります。口の中に入れることは慣れているのですが、うまく噛めていないのです。そのため私たちは、噛み合わせを口の中で行うのではなく、機械の上で、短時間に噛める調整を行っています。
●入れ歯治療により、4つの障害全てが克服された
――(上濱) 通常、脳血管障害という基礎疾患があり、介護施設や在宅にお戻りになると、ほとんどの場合、口では物を食べられず、ドロドロの食事を取るか、胃ろうを入れることになります。亡くなる最後まで、そうして過ごすことになるのです。これでは本人にとっても不幸ですし、社会的な資本も相当かかります。
河原先生がお話になったケースは、要するに、基礎疾患のある方の入れ歯の形態を再建したということです。そうして、噛んで食べられるという機能障害が再建されて、機能が治りました。さらにこの延長として、この方は心理的障害を持っていましたが、それも顔つきが良くなり、治りました。心理的な障害も克服されたということです。つまり、感じること全てが良くなったのです。
さらに、自宅で孤立していたという社会的障害も解消され、外に出ることができるようになりました。お口の中で噛んで食べることができるようになったことで、4障害と呼ばれる、形態障害、機能障害、心理的障害、社会的障害の全てを克服できたのです。
このように、最終的には社会にとって良いことをもたらすことができます。社会資本の使い方も改善され、医療費も下がり、介護のやり方も変わり、国の方向性も変わってい...