●「がん免疫治療」とは何か
内田 ここでは、がんを治療するためのがんワクチンにmRNAを使う試みについて紹介させていただきます。
まず「がん免疫治療」とは何かを上のグラフで示します。これは、がんになって、それが手術で根治できない患者さんの生存率と時間の関係を調べたものです。こういった患者さんはもちろん何も治療しないとほぼ全員が亡くなります。
標準的ながん治療である化学療法を行うと、この生存期間が若干延びます。ただ、それでもほぼ全ての患者さんが亡くなります。
一方、免疫治療をするとどうなるかというと、一部の患者さんではありますが、非常に長期的な効果が得られることが分かっています。これは一度がんに対して免疫応答が起こると、身体はずっとそのがんを攻撃し続けるので、再発しにくくなったり、長期間にわたって効果が出ると言われています。これがこれまでの他の治療とは根本的に違う点とされています。
ただこのグラフからも分かるように、まだまだ効果のある患者さんは少ないので、現在、研究が行われていることによって、今後より多くの患者さんにこういった免疫治療の効果が得られるようになるのではないかと考えられます。
●がん免疫治療の歴史
内田 このがんの免疫治療の歴史について見ていきます。19世紀には既に、がんの患者さんがたまたま丹毒に感染すると、そのがんが小さくなることが分かっていました。これはがんに対する免疫応答であることが何となく分かっていました。このことに着想を得て、このがんに対して菌を投与することによって、がんを治療できないかと考えられました。ただ、菌をそのまま投与するというのはもちろん非常に危ないので、副作用をできるだけ弱くするために、菌の中の特に毒素だけを取り出した「コーリートキシン」が開発されました。これががんに対する初めての免疫治療と考えられています。
時代が進むにつれて、がんの免疫についていろいろなことが分かってきます。ここの実験では、化学的に発がんさせたマウスのがんを遺伝的に全く同一なマウスに移植します。このような遺伝的に同一なマウス間での移植では、基本的に拒絶反応というのは全く起きないとされています。しかし不思議なことに、このがんを移植した場合だけ、一度生着するのですが、それが拒絶されてしまいます。すなわち、がんが消失してしまうことが分かりました。これは、このがんには「抗原」と呼ばれる免疫の対象となる正常組織にはないタンパク質があるので、それに対して免疫応答が起こったのではないかと考えられました。
さらに面白いことに、この一度治ったマウスに何度も何度も、同じがんを移植し続けると、どんどん強い拒絶反応が起こってくることが明らかになりました。同じ抗原に対してどんどん免疫が強くなっていったのではないかと考えられました。
一方、別のがんをこのマウスに植えると生着したことから、このマウスで起こった免疫応答は、この赤いがんに選択的に攻撃する免疫応答だったのではないかと考えられます。
さらに時代が進んで遺伝子を自由に操作できる時代になると、そのようなニーズをベースとして、実際に患者さんの免疫細胞ががんのどのような分子・タンパク質・抗原を見極めてがんを攻撃しているのかが分かってくるようになりました。
また右下の図にあるように、がん細胞は「腫瘍抗原」という、がんにある抗原をその表面に出しているのですが、それに対して、「T細胞」と呼ばれる免疫細胞が、その抗原を目印としてがんの細胞にくっついて、がん細胞を攻撃することが起こっています。
こういったがんの免疫に対する基盤的な研究がベースとなって、現在は免疫治療がますます発展するようになってきました。
●細胞性免疫とmRNAワクチン
内田 上図は先ほども示しましたが、mRNAを用いたがんワクチンということで、人の免疫には抗体を作る「液性免疫」に加えて、細胞傷害性T細胞が細胞を攻撃する「細胞性免疫」があります。そして、このmRNAワクチンというのは細胞傷害性T細胞を非常に効果的に誘導できることが分かっています。
この免疫系の何が重要かというと、この免疫系を利用して免疫細胞はがんを攻撃することができるので、がんに対して免疫を得る上で、この免疫系は非常に重要なものです。
図の下のほうにがんワクチンのスキームを示しています。実際、がんに多く発現している抗原や、がんでのみ発現している抗原を調べて、それに対する抗原を作り出すmRNAを身体に投与してやります。普通は、まず「抗原提示細胞」と呼ばれる免疫細胞の中で、そのがん抗原である「腫瘍抗原」が作...