●感染症予防にとどまらないmRNAワクチンの可能性
―― 本日は京都府立医科大学の内田智士先生に、「感染症予防にもがん治療にも使えるメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン」というタイトルで講義をしていただきます。内田先生、どうぞよろしくお願いいたします。
内田 お願いします。
―― まず今日の講義のポイントである、ワクチンが感染症予防にも、がん治療にも使えるとはどういう意味でしょうか。
内田 mRNAワクチンは、もちろん皆さまご存じのように、新型コロナウイルス感染症の予防ワクチンとして世界に普及して、皆さんも接種することになりました。すでに接種した方もいるかもしれません。
実はこのmRNAワクチンは感染症を予防するだけではなく、がんの治療にも使えます。また、コロナウイルスのような、パンデミックと呼ばれる急に出た感染症に使えるだけではなく、例えばエイズのように、まだ有効なワクチンがない病気や感染症にも使うことができます。
まだワクチンが開発されていない病はいろいろありますが、これまで予防できなかった感染症にも使えて、今どんどん発展しているがんの免疫治療の一つとしても使えます。究極的には、個別化医療においても非常に可能性を秘めている技術です。それらを紹介していきたいと思います。
―― ありがとうございます。ちょうど今は新型コロナウイルス感染という状況もあって、「ワクチン」という言葉を聞くことが多くなっています。そのワクチンの基礎の部分から、先生にいろいろと教えていただきたいと思います。
●mRNAとは何か
今回の講義は「mRNAワクチン」ですが、このmRNAワクチンは一体どういうもので、今までのワクチンとどう違うのか教えていただきたいと思います。これはどういうものなのでしょうか。
内田 まずmRNAとは何かというと、DNAにある遺伝子が全ての設計図になっているようなイメージです。その設計図の情報がmRNAに伝えられて、そのmRNAの情報がタンパク質に伝えられることによって、このタンパク質が実際にワクチンを作り出す基になります。
―― なるほど。mRNAはDNAの設計図のようなものということでしょうか。
内田 DNAの設計図を写したものに近い感じですね。実はDNAから直接タンパク質を作ることはできません。そのため、それをより使いやすい形で持ってきたのがmRNAです。
―― 一種の指示書のようなイメージですか。
内田 そうですね。例えていうと、ものすごく分厚い辞典が図書館に眠っているとします。これが細胞の核の中にDNAが眠っている状態に当たります。それを書き写して、みんなが使いやすい状態にしたものがmRNAというイメージで考えて良いと思います。
●ワクチンとタンパク質の関係
―― なるほど。その分厚い辞書からmRNAで情報の指示書が届くと、タンパク質はどのように変わるのでしょうか。
内田 mRNAには細胞の中にタンパク質を作り出す仕組みが備わっているので、そこから簡単にタンパク質が作り出されます。
―― そのタンパク質が実際に病気になったり、逆に病気の予防に効いていくのですか。
内田 そうですね。身体の中で生体の生命現象を実際に担っているのはタンパク質です。例えば、病気の治療に良いタンパク質(治療タンパク質)を作り出すと、それが病気の治療に使えます。ワクチンの場合は、ウイルスが持っているタンパク質(抗原タンパク質)を作り出すと、そのウイルスのタンパク質に対して免疫反応が起きていくイメージです。
―― 一般に免疫反応というと、ワクチンがそうですがそれを身体の中に入れて、ウイルスに対する免疫を高めることによって、今後入ってくるウイルスを防ぐことになると思います。まさに、資料に書いてある抗原タンパク質などができると、身体で免疫細胞が働くようになって、それ以後に新しいウイルスが入ってきたときに上手く防いでくれるイメージでしょうか。
内田 そうですね。もう一つのポイントは、このタンパク質だけでは実際には病気にならないということです。身体は免疫反応は作りますが、それだけでは病気にならないのがこのワクチンの優れたところだと思います。
―― 非常に基礎的ですが、なぜ病気にならないのですか。
内田 コロナウイルスはいろいろなタンパク質がいっぱい集まってできています。今回使っているのはそのタンパク質の中の一部だけなので、その一部だけでは病気になりません。このタンパク質だけがあっても、どんどん増えていくことができないのです。コロナに限らず、あらゆるウイルスがなぜ病気を引き起こすかというと、身体の中で増えるからです。少し感染しただけでも身体の中で何億倍と増えてしまうので、病気になるのです。しかし、このタンパク質だけでは増えることができません。そ...