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●ワクチンとは何か
内田 ここからは、新型コロナウイルスで脚光を浴びたmRNAワクチンを感染症予防に使う取り組みについて、主に新型コロナウイルスを例に紹介します。
まずはそもそもワクチンとは何かという話です。皆さんご存じのように、新型コロナウイルスに1回感染すると、身体の中では抗体ができたり、ウイルスを攻撃する免疫細胞ができます。こういった免疫があることによって、新型コロナウイルスにかかりにくくなります。ワクチンが何をするかというと、新型コロナウイルスにかからずして、このような免疫をつけることができるというのがその機能です。
●ワクチンの歴史
内田 ワクチンの歴史を遡ってみると、天然痘に対する種痘が初めてのワクチンといわれています。天然痘は実は致死率が30パーセントで、今よりずっと人口が少なかった18世紀のヨーロッパで、なんと100年間に6000万人が死亡した大変な病気でした。
実は経験的に、一度かかって治った人が再感染しないことが知られていました。そこで、弱く感染させてやれば、免疫だけがつくのではないかということがすでにこの時代から考えられていて、実は天然痘の患者さんから採った水疱の液を手の傷にすり込む方法で、ワクチンの試みが行われていました。実はこの方法は致死率が1割と、大変危険な方法でした。
一方で、牛痘という、牛から人に感染して、天然痘と同様の症状を起こす病気がありました。ただ症状自体は軽くて、1~2週間で治る病気であることも知られていました。農村部の経験則から、この牛痘にかかった人が天然痘にならないということも分かっていました。
それに対してジェンナーが思いついたのが、この牛痘の病巣から採った液をワクチンとして使ったら、より安全な方法で免疫をつけられるのではないかということです。当時8歳のフィリップスくんに対して、この牛痘の液を手の傷に接種して、その後その子に天然痘を何度も接種したのです。この子は結局それでも天然痘にはならず、これが初めてのワクチンとされています。
これはその後、世界中に広まって、1980年にWHOが天然痘の根絶宣言をするに至っています。
ただ、このような天然痘の場合は、牛痘という似て非なるウイルスがたまたまあったから良かったですが、ほとんどの感染症ではこのような似て非なるウイルスはありません。
そこで、この方法をより幅広く使うのにはどうすれば良いかが問題になりました。それに取り組んだのが約1世紀後のパスツールという人です。彼は狂犬病を対象としたワクチンを開発しようとします。
ここで狂犬病の犬の脳から採った液をウサギの脳に接種します。そして感染させて増殖した後、そのウサギの液を別のウサギに接種していくようにして、どんどんウサギに接種し続けていきます。そうすることで、ウイルスがちょっと弱くなってくる過程が起こります。そして最後に、そのウサギから取った脊髄を乾燥させることによってウイルスをさらに弱らせて、それをワクチンとして使いました。ウイルスを弱らせてワクチンにするという現在とほぼ同じコンセプトのことが行われていました。
●現在使われている主要なワクチンとその課題
内田 ただ、現在はこのようにウサギを何匹も使ってワクチンを作ることはしていません。現在はどうやっているかというと、主には細胞を使ってウイルスを作ります。そのウイルスを物理化学的な方法で死滅させたのが「不活化ワクチン」です。この不活化ワクチンは、実はウイルスが死んだものなので、現状あまり効果が強くありません。
ウイルスを遺伝子改変して弱らせる「弱毒化ワクチン」も用いられています。この場合、ウイルス自体が生きているので接種した後にまた病原性が回復して、病気を引き起こしてしまう危険性が懸念されます。
いずれの方法であっても一番の問題は、これらを作るのに、ウイルスごとにいちいち設計する必要があることです。そのため、インフルエンザのウイルスで培った方法をコロナに活かせるかというと、そういうわけではありません。
では、どこをきちんと設計しなければいけないかというと、まず細胞を使ってウイルスを作るにはどうやったら効率がいいかということから検討が必要です。さらに、どういう方法でウイルスを不活化するのか、遺伝子改変するのかに関して、ウイルスごとにいちいち検討しなければいけません。さらに、できたものに対していちいち安全性や効果の試験をしていかなければいけないため、新型コロナウイルスのようなパンデミックが起こって、急いでワクチンが欲しいというときに、こういった方法は使えません。


