●短時間の入れ歯調整で、リンゴを食べられるように
河原 今回紹介するのは、介護施設でほとんど寝たきりで過ごしていた方で、うまく噛むことができませんでした。視覚障害があり、斜頸で車椅子を使用していました。たまたま入れ歯を持っていたので、その入れ歯を調整し、1時間半ほど待っていただきました。
その後、リンゴを食べさせてみました。完全に斜頸になっている方だったのですが、噛む筋肉を使うにつれて、首の角度が変わっていきました。この患者さんだけでなく、若い先生からも、こうした症例がたくさん報告されています。噛ませるようになってから、首が元気になった、目が元気になった、歩き出した、といった症例です。立ち上がった、寝たきりから起き上がった、というものもあります。今、若い先生は、介護施設に行って、こうした方々を元気にする取り組みを頑張ってやっています。リンゴをそのまま丸かじりしてもらおうとしましたが、それは無理でした。
噛もうとすることによって、完全に変わっていきました。
こんなものではありません。あてていた枕がいらなくなったりしました。2ヶ月後には、何も薬を飲ませずに、ただ噛ませただけで、非常に元気になりました。
●物を食べる意欲の向上が見られる
――(上濱) リンゴを食べるシーンについて解説したいと思います。ここでは、意欲が向上しています。自分でリンゴを持って、あるいは食べさせることによって、食べることができるようになりました。噛めなかったリンゴが噛めるようになり、この患者さんはおそらく、自信をお持ちになったと思います。「ああ、噛めるんだ」と。脳がこの時、そう判断しているのです。しかも、「このリンゴを噛んだら飲み込んで良いのだ」と、安全性が確立されたことを判断し、それによって嚥下して、飲み込んでいるということです。
現在、誤嚥性肺炎が問題になっています。安心して噛んで食べられないと、嚥下を行うことができません。一方、この方はさらに、噛んで食べて美味しいと感じたり、音がシャキシャキ鳴ることを聴いたりすることができています。目が見えない中(視覚がなくとも)、脳は音や匂い、味、硬さという4つの感覚で判断することができるのです。
●食べる喜びが生きる意欲に繋がる
――(上濱) さらに、前歯で噛んで、お稲荷さんが食べられると分かると、すでに泣きそうになっている様子が分かります。涙があふれんばかりに喜んでいます。これは、口が脳につながっており、脳が嬉しいと言っていることを意味しているのです。本当にもう泣きそうですよね。
ここで、意欲が出てきます。リンゴを自分の手で持って噛んでみようという意欲です。要するに、前向きに生きようとする意欲が、ここで読み取ることができます。昔であれば、こんなことは不可能でした。絶対に噛もうとはしませんでした。それが、嬉しそうに、「ちょっとこれ、やってみよう」という意欲がわき起こったのです。これは非常に大事なことです。
●主役はあくまで患者自身である
――(上濱) 最後に、車椅子から立って歩き、自分で走ろうとする様子も見られました。走り始めるということは、全身の意欲がもっと向上し、もっと前へ進みたいと考えるほど元気になったということです。意欲の表れが、ここにも見られます。この点が、河原先生の症例のすごいところです。
全て食物とご本人の意欲というところにアクセスすることによって、治すことができます。寝たきりの方の意欲をリハビリだけで出させることはできません。つまり、本当の主役は、患者さんご本人なのです。その意欲を口を通じて出せるかということが、今の医療にかかっているということだと思います。こうした症状は従来、世界的にみても、薬とリハビリで直そうとしています。それに対して、この症例から重要なのは、口を通して初めて意欲が出てくるということです。
●入れ歯の調整により、噛む効率が大幅に上昇
河原 噛む能率を、グルコセンサーという機械でいうもので調べてみました。どれくらい噛めているかを測る機械です。これによれば、数値は116~183になりました。
程度が悪い入れ歯ほど、その調整をするとこの数値がぐんと上がります。平均では40パーセント以上、能率が上がりました。最終的には、336の症例について、この数値測定を行いました。
●「救世主は歯医者さんである」
河原 最後は胃ろうの方なのですが、元気になられました。