●勝ち負けはできるだけ早く決着をつける
次は、「其の戰を用ふるや、勝つも久しければ、則ち兵を鈍らし鋭を挫く」です。つまり、戦いになかなか決着がつかず、勝つことができないわけです。言ってみれば、ズブズブと悪戦苦闘の中へ入っていくということです。そうしていると、どうなるのかということですが、要するに常に緊張感を持っていなければいけなりません。なにしろ、命の奪い合いをするのが戦争ですから、緊張感を持ってずうっといなければいけないのです。それが長時間続くわけです。そうなればなるほど、兵士だってくたびれてしまうわけです。ですから、「勝つも久しければ」というところが非常に重要で、要するに、勝ち負けなどというものは、早く決着をつけるべしと、孫子はまず言っているわけです。
さらにもっといけないのは、「城を攻むれば、則ち力屈す」です。城というのはどういうものかというと、なかなか落ちないようにできているというのが常識で、その城攻めをするなどというのは、へたをすれば、ものすごく力が尽きてしまいます。そして、「久しく師を暴<さら>せば」というように、大軍をいつも戦場にさらしておけば、「則ち國用足らず」という、要するに兵士がそこに存在しているだけで、「日に千金」が費やされていくわけで、国の費用がどんどん足りなくなると、そのようなことを言っているのです。
それから「夫れ兵を鈍らし鋭を挫き、力を屈し貨を殫<つく>さば」ですが、今挙げたように、兵士はもう生気も何もなく、元気もありません。そのようなことで、兵士を鈍らし、そして鋭さも挫き、さらに力を屈するのです。とにかく、力がどんどんなくなっていって、さらに国の費用もどんどん減っていくということになれば、「則ち諸侯其の弊に乘じて起らん」となり、必ず第三国、第四国、第五国が、この弱ったところにバッと入ってきて、漁夫の利を得ようとするわけです。そのようなことは、常識だと思わなければいけないのです。
●長期戦こそ国家衰亡の危機を招く
例えば、アフリカの野獣などに、弱ったところを見せたらもうダメなので、それこそパタッと倒れて死ぬというようなものです。ですから、このように周りの国々などというものは、油断ならないものであると、考えれば考えるほど、要するに兵士を戦場で長い期間戦わせるなどということは、厳禁だということを言っているわけです。
それでは、どうしたらいいのかというと、次の「智者有りと雖<いえど>も、其の後を善くする能<あた>はず」で、このような状態は、どんなに頭のいい人間がいたとしても、あとはどうしようもなくなる。したがって、「故に兵は拙速を聞く」という有名な言葉がここに出てくるわけです。
だいたいの人間は、「兵は拙速を聞く」を、準備がまだ整っていないのにもかかわらず、もう始めてしまったというように、「拙速ながら」などと使うわけですが、そのようなことを孫子が勧めるわけがないのです。ですから、ここはまったく違う解釈だということを、まず申し上げておかなければいけません。その本旨はどこにあるのかと言えば、このあとの「未だ巧の久しきを睹<み>ざるなり」です。つまり、非常に巧みにやっていたから、長期戦にも勝てたのだということを、自分は知らないと、孫子ほどの人が言っているわけです。したがって、戦いなどというものは、長期戦が最大に良くないと言っているのです。
さらに、「夫れ兵久しうして國に利ある者、未だ之有らざるなり」は、要するに戦いが長引いて、それで国に利益をもたらしたなどという例は一つもないということです。そして「故に盡(ことごと)く兵を用ふるの害を知らざる者は、則ち盡く兵を用ふるの利を知る能はざるなり」とありますが、「盡く」という字が二つ出てくるのは、戦争というのは、なにしろ国家を懸け、国家の命運を懸け、衰亡を懸けて戦うということですから、要するに、ここは見落としたとか、ここは不覚にも考えなかったとか、そんなことはあっていいわけがないわけです。ですから、ことごとく見なければだめだと、ことごとく検討してみなければいけないということです。
では、どうすればいいのかということですが、この「拙速」、「兵は拙速を聞く」の「拙速」の本意は、要するに戦いが始まってしまったら、全力投球で、全ての力をそこに注ぎ込んで、取りあえず優勢になれということを言っているのです。
前にも申し上げたように、戦いで優勢なときに戦いが終われば、戦勝国だし、負けているときに終われば、敗戦国家です。ですから、有利に進めておいて、それで終戦になる。その終戦に...