●現地を活用する戦略を立体的に考える
その次は、「善く兵を用ふる者は、役、再籍せず、糧、三載せず、用を國に取り、糧を敵に因る」です。これはどういうことかといいますと、要するに「善く兵を用ふる」というのは、簡単にいえば、戦略をしっかり立ててやることです。前回言ったように、緒戦に全力投球して、それでこちらが優勢になっているときに終戦工作をすることで、短期間にパッと勝って終わるというのが基本です。何事においても、ビジネスも人間関係も、全部そうなのです。
そのような意味で、「役、再籍」とは、二度と兵を集めないということであり、2度も3度も兵を集めるような長期戦にしないということが、とても大切なのです。そして「糧」は食糧のことですが、食糧もまったく同じで、ここで「三載」というのは、3度も運ばせるという意味です。そして「用を國に取り」とは、要するに武器・弾薬とか、機材とか、そのようものが必要であれば、現地調達するということです。したがって、そういうときは、あらかじめ現地のどのようなところから、どんどん供給するということを、私たちは考えておかなければいけないのです。
そういうことから、「糧を敵に因る。故に軍食足る可し」となるわけで、海外ビジネスなどで海外戦略を行うときには、やっぱり現地の人間を、現地の風習・慣習に則って、うまく使っていくことが大切です。現地にいい協力会社をつくって、そこから資材を供給するなどということも、立体的に考えていかなければ、海外戦略などはうまくいかないということを言っているわけです。
次に進みます。「國の師に貧しきは、遠く輸<おく>ればなり」ですが、国が大軍のためにどんどん貧しくなっていくのは、遠くへ大軍を送るからだと言っています。したがって、遠くの領地を取りにいくとか、戦場を遠くに求めるなどということは、大変難しいことだと思いなさいということです。
これは鋭いアドバイスで、ビジネスで考えた場合、自分のところのシェアが一番取れているマーケットがあったとしても、その強化をとことんやり尽くしたか、ということを言っているわけです。自分のところの本丸のマーケットが、まだまだ開拓不足であるにもかかわらず、その次のマーケットへ行くなどということは、よくやりがちなのですが、もう一回、本丸である自分のところのマーケットをよく見なさいということです。まだまだ開拓不足なのではないか、と思っていいということを、ここで言っているわけです。
●「何のために戦争をやっているのか」をもう一度考えなさい
それから、「遠く輸れば、則ち百姓貧し」ということで、国民はみんな、自分の有り金を全部国家へ出して、国家は大軍のためにそれを費やしていくということになります。したがって、「師に近き者は貴賣<きばい>す」で、要するにこの大軍に近いところは、物価がどんどん上がっていくことになります。さらに「貴賣すれば、則ち百姓の財竭<つ>く」となって、国家と軍を養っていくためには、国民が一番の弊害を受けるのだということを言っています。
ここで孫子が非常に鋭い指摘をしているのは、「何のために戦争をやっているのか」ということを、もう一度考えなさいということです。それは、国民のために、国民の幸せのために戦っているはずなのに、戦いがどんどん深まっていけばいくほど、一番苦しい思いをしなければいけないのは国民ではないか、それは本旨にもとるのではないか、逆ではないかということを、よく考えなさいということです。ですから、あらかじめ戦略を立てる場合も、そのような過ちに陥らないように戦略を立てておくことが、非常に重要であるということを言っているわけです。
そして「財竭<つ>くれば、則ち丘役に急なり」ということで、これも、税をどんどん取らなければならなくなる。
さらに「力屈し財中原に殫<つ>き」となり、国家の中枢というものに国費がどんどんなくなっていき、結局「内家に虚<むな>し」となって、これも同様に、国民の家の物資がどんどん乏しくなってしまうということです。
次の「百姓の費、十に其の七を去る」というのは、国民が持っている財力の70パーセントは国家に取られてしまうということです。そして「公家の費」、要するに国家の費用も同様で、「破車罷馬」により、つまり、戦車もどんどんやられて使いものにならなくなり、牛馬は運搬の原動力になりますが、それも疲労困憊します。それから「甲冑矢弩<しど>」は、武器弾薬ということです。「戟楯蔽櫓<げきじゅんへいろ>」とは、盾と矛のことです。そして「丘牛大車」は、輸送車です。そのようなものも「十に其の六を去...