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勝利は二の次!?…利を考えない「孫子の兵法」の妙

『孫子』を読む:軍争篇(2)勝利を考えない戦略論

田口佳史
東洋思想研究家
情報・テキスト
「闘争を利のために行うと危険になる」――一見矛盾するこの教えこそ一味違う「孫子の兵法」の戦略論だと田口氏は言う。利とは有利、勝利のことで、普通ならそのために戦うものだと考えられるが、それは考えないほうがいいという。いったいどういうことなのか。不利を有利に逆転させるための戦略論として、日露戦争での日本の勝利の陰で大きな功績を挙げた明石元二郎大佐の話とともに解説する。(全5話中第2話)
時間:09:33
収録日:2020/06/16
追加日:2023/11/27
カテゴリー:
キーワード:
≪全文≫

●相手の内憂を突く逆転の発想


 あらん限りの力をもって、不利を有利にする必要があります。卑近な例をいえば、日露戦争はなぜ勝ったのかという例なども重要です。非常に重要な側面として、やはり明石元二郎大佐の活動というものがあります。ロシアという国と小国日本がまともに戦ったら、どう見ても負けるに違いないわけです。そのときにロシアは内憂の最たるものを持っていました。それは何かというと、やはり労働革命です。労働革命という内憂がどんどん起これば起こるほど、日本にとっては援軍が来るようなものです。そこに目をつけたのが明石大佐です。

 彼がやったことは何かというと、ロシアの中で起きた労働革命の支援をいろんな形でがんがんやったわけです。したがって、ロシア国内では労働革命がどんどん起こり、こちらで戦争などやっている場合ではなくなりました。しかし、仕掛けてきているわけですから、なんとか戦わなければなりません。でも、国のほとんどが労働革命となり、やがてこれが本当の革命になるわけですが、それを何しろ対処しなければならず、片手間で戦争をするというような状況に仕立て上げたというのも、これは明石大佐の大変な活躍があったからです。そういうことなのです。

 このように、敵や競合企業などの内憂というものをどんどん促進させてしまうということもとても重要なことです。

 それがここにある「迂直の計」で、遅れても有利になるというようなことなのです。この不利を有利にするというのが戦略論ですが、そういうものの実例をたくさん頭に入れておいてください。これは非常に重要です。


●戦争を利のために行うと途端に危険になる


 その次、「故に軍争は利の爲にせば、軍争は危爲<た>り」です。これはとんでもないことを言っています。要するに、闘争、軍争、軍の争いは、利のために行うと途端に危険になると言っているのです。何を言っているだと。利というは有利、勝利のことですが、そのために戦うものではないのですか、ということをいっているのです。ここが孫子の兵法がそんじょそこらにある戦略論とひと味違うところなのです。このようなアドバイスはそんなにはありません。戦争を有利にするため、勝利するためだけに、などと思ってやってはいけないと言われたら、何と答えればいいでしょうか。では、なぜなのかというところを見てみましょう。

 「軍を擧げて利を爭へば、則ち及ばず、軍を委<す>てて利を爭へば、則ち輜重<しちょう>捐<す>てらるればなり」と言っています。全軍を挙げて、有利に、勝利に、要するに争うだけになればなるほど、すなわち及ばないということ、つまり有利に、あるいは勝利に結びつかないことが多いというわけです。あまりにも、有利になろう、勝利しようなどと考えないほうがいいという、最大のアドバイスを与えています。

 ですから、戦争が始まるときは、勝利とか有利だとかは放っておいて、今自分たちは何をすべきかということをしっかり考えることであり、1人1人の兵士がそれを考えるということが重要なのです。

 有利にしようとすれば、敵軍より早く戦闘地に行っていなければならない、待ち構えなければ有利にならない、という論法にどうしてもなっていくわけです。そうするとどうなるのかというと、全軍の中でも早く行ける部隊もあれば、早く行けない部隊もあります。それを全軍が早く行け、早く行けと言われると、行けない部隊も無理をして行こうとしますから、遅れる兵士がどんどん出てきて、軍隊がバラバラになってしまうということです。

 その最たるものが「軍を委てて利を爭へば、則ち輜重」で、輜重とは輸送のことですから、輸送部隊などは大荷物を、重たい荷物をガラガラ引いて戦闘兵と一緒に行かなければ意味がないわけです。何度も言うように、兵士が戦場で靴の片方を失っただけで戦力はガタッと落ちてしまいます。そのときにどうしたらいいかというと、「靴!」といえば輸送部隊が靴をパッと出してくれる。したがって、輸送部隊が戦闘を決定づける、つまりロジスティックの重要性ということが近代戦法なのです。

 その重要な輜重というのは、大荷物を抱えて動いていますから、そんなに早くは行けません。それでどうなるかというと、戦闘をしている兵士は重いものは全て輸送部隊に預けていて身軽ですから、バーッと行けるわけです。戦闘部隊だけが先に行ってしまって、戦闘力のない輸送部隊が後に残されるわけですから、敵はそのときを待っているわけです。それで敵が襲いかかると、兵器も食料も満載している輸送部隊が全部手に入ることになり、それでは勝負は決まったようなものです。

 つまり、「則ち輜重捐<す>てらるればなり」で、要するに輸送...
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