●プーチンは『孫子』の重要事項を軽視している!?
田口 『孫子』と『統帥綱領』(※)の二つを用いて、注意しなければいけない点を今日は話そうと思います(※編注:『統帥綱領』はかつて日本陸軍が策定した作戦指導書。大正3〈1914〉年に作成され、大正7〈1918〉年に第1次改訂が、昭和3〈1928〉年に第2次改訂が行われた)。
―― ありがとうございます。
田口 『孫子』は、この言葉から始まります。
「兵は國の大事にして、死生の地、存亡の道なり」
これを、何気なく書いてあるように読んでしまう人がいます。私は、何気なく読んでしまうのは戦争と遠いポジションにいる人で、要するにその戦争と関係ないから「俺(私)には関係ない」と思ってスーッと通り過ぎてしまうのかと思ってしました。けれども今回、ロシアのウクライナ侵攻を見て、やはり戦争当事国でも、この箇所をきちんと身に染みて読んだトップリーダーと、読んでいないトップリーダーがいるということが、よく分かりました。
プーチンという人は、あまりにも戦争に慣れているのか、あるいは麻痺しているのか、この『孫子』の冒頭の一文でズバッと書いてある注意項目を軽視してしまいましたね。
―― なるほど。
田口 ここが今、彼がものすごく悩んでいる最大のポイントです。兵(戦争)は国の大事で、簡単にいえば人間は「死ぬか、生きるか」、国は「存続するか、滅亡するか」で、戦争はその分岐点になるのだから、ボクシングの試合ではあるまいし、「さあ、やってやろう」というように簡単に始めてはならず、念には念を入れるようにしなければいけない。
その次の「察せざる可からず」とあるのが何かということを、よく理解しなければいけません。「察」という字は、家の中に祭りがあるという形をしています。この1字だけで3時間ほど軽く語れるほど深い言葉なのですが、簡単にいえば、「祭」という字の上半分は、神に肉を手で差し上げている(捧物している)様子を表し、下半分の「示」は神棚(神の存在)を表わしている。だから、神さまに当時とても欠くべからざるものであった肉を「どうぞお納めします」と言って差し上げている、という字なのです。
よく「神に誓って」という言い方をしますね。「本当にこう思ってよ」「とても一大事なのだよ」「それほど簡単に始めてはいけないのだよ」ということを、この1行で言っていることが分かります。「~ざる~ず」は強調文です。したがって「察せざる可からず」は、「察しないなどということはあってはならない」ということです。
まずここから感じなくてはいけません。この1行で1年間ほど身に染みて感じよ、というほど重要のものです。
しかし今回、2月24日という日程が1カ月ほど前には表に出ていました。
―― ロシアのウクライナ侵攻の日が、ですね。
田口 ということは、ものすごく簡単に考えていたということでしょう。簡単にいえば、1週間ほどで手打ちにしようという程度に考えていた節がある。それほどの軽い考え方です。『孫子』に書いてあることを本当に身に染みて「戦争を行ったら大変なのだ。しかしそれでも行った」という決断ではなく、「ちょっとやってこいよ」程度のものであるということだと感じるのです。
●ロシアは『孫子』の教え「五事」を怠っているとしか思えない
田口 それから、もう一つ感じなければいけないことがあります。
『孫子』に書いてあることからいえば、「其の情を索む(情報を求めなければいけない)」「一に曰く道、二に曰く天、(三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法)」です。つまり、戦争を始める前には、「道天地将法」という「五事(五つのこと)」を徹底的に、漏れがないように検討し、戦略を立ててくださいといっているのです。
今回のロシアのウクライナ侵攻では、そのようにはどうしても思えない部分がたくさん出てきました。
田口 まず、兵力比較です。兵力比較といっても、ただ軍隊のことだけではなく、経済なども全て含めての比較をすると、これほどの大きな差が歴然たる事実としてある者同士の戦争はこれまでありませんでした。
―― なるほど。
田口 だから誰が考えても、「大人と子どもが勝負するようなものだ」と思われていたのです。私のような人間でもそう思うのですが、注意深い人間は「しかし、待てよ。この図式は全員が知っているのだから、この図式の通りにいくわけはない」と思わなければいけません。ボーンと寝転がって「どこからでも撃て」などといった、簡単に負けるような敵などいませんよね。
さらに今回、EUが絡んでいます。要するに、マンツーマンの勝負ではないのです。たとえ直接の相手を子どもだと...